帰るべき故郷。いつの日か帰ろうと思う場所。



手足を求めて旅立つ



 あの後、ロイたちは軍部へと戻った。ヴィリルもそのままアパートに戻るのも後味が悪かったので、ロイについていく。腕を失ったエドワード、身体を壊されたアルフォンスもともに。
 ロイは静かにイシュヴァール殲滅戦についてエルリック兄弟に説明した。
―――ひどい戦いだった。一言で言ってしまえば。
人が沢山死んだ。人を沢山殺した。罪のない人たちを沢山。
 国家錬金術師は人間兵器として、その実力を確かめられるかのように駆り出された。ロイもアームストロングも、もちろんヴィリルもそうである。軍の人間であったホークアイやヒューズでさえ、その戦乱には参加している。
 だから復讐は仕方のないことだった。生き残ったイシュヴァールの民達は少なからず軍を快く思っていない。今だって隠れて住む者がほとんどだし、軍の人間だってイシュヴァールの民を見たら銃を構えるかもしれない。

「くだらねえ。関係のない人間も巻き込む復讐に、正当化もくそもあるかよ」

 エドワードは言った。

「醜い復讐心を『神の代行人』ってオブラートに包んで崇高ぶってるだけだ」

 まっすぐ正面を、睨むように言う。
 神の代行人なんていう奴が人殺しを行っている。自分が国家錬金術師を殺すだけで、己もその家族に復讐心を抱かれているかもしれないのに。尤もそんな考えなんて、スカーが持っているはずもないのだが。

「だがな、錬金術を忌み嫌う者がその錬金術をもって復讐しようってんだ。なりふりかまわん人間てのは一番やっかいで、怖ぇぞ」

「なりふりかまってられないのはこっちも同じだ。我々もまだ死ぬわけにはいかないからな。次にあった時は問題無用で…」

 ここにいる全員の顔が一気に真剣な顔つきとなる。

「潰す」

 同じ思いを、共有していた。




「じゃあ道中気をつけてな」

 見送りはヒューズのみ。あとの者はスカーの件での事後処理で忙しいのだろう。ヴィリルはエドワードたちと同じ列車の、少し離れた席に座っていた。ロイに頼まれ、監視をすることになったのだ。一応上司なので、逆らうことは出来ない。
 代わりに査定を簡単に済ますことが出来た。ロイの力添えのおかげもあり、すぐに終わったのだ。そのこともあり、言葉少なに承諾した。別に嫌なわけでもなかった。
 それにしてもエドワードもよりによってアームストロングと一緒に行動とは、可哀相だと思う。どうせなら自分との方が良かったかな、とも思うが、その時点では査定が終わってなかったから引き受けなかっただけで、こうなるんだったら一緒に行動したほうが楽だった。
 ヴィリルは気付かれないように、少し色の入った眼鏡をかけ、頭にはバンダナを巻き、少し伸びていた髪は束ねている。普段はあまりしないような格好をしており、エドワードも、そしてアームストロングも、ヴィリルとの面識はロイ以上にあるわけではない。これぐらいの変装で十分だった。おそらく、ロイなら一発で気付くくらいの変装で。
 そして夜が一回過ぎる。
 動きがないと思われた。彼らの故郷、リゼンブールに帰るまでは。
 先に動きを示したのが、アームストロングだったのも意外だ。ドクター・マルコー…聞いたことがある。ヴィリルと同じく、内乱後に姿を消した人物であった。
 二人と、家畜車両に入れられているアルフォンスが降りるのを見送ると、後を追うようにヴィリルも降りた。

「ドクター・マルコー…そして赤目の坊やもいるのね…ふぅん」

 女性が一人、列車から降りた。




 三人が一つの家に入っていった。その家の扉の前に座り、耳を傾ける。ここまでする義理はないが、自分としても彼には聞きたいことがあった。

「…者…て…た」

 小声で話しているのか、断片的にしか聞こえない。

「ええ!!?」

 驚きの声、これはエドワードのものである。中で何が話し合われているのか、透視でも出来れば口の動きで分かるのだが。
 やっぱり一緒に行けばよかった。後悔は先には立たない。

「…さん…だし…を…ないか…」

「ええ!?」

 今度の驚きはマルコー。その前のエドワードの声も聞こえない。
そして数分経ったとき、ヴィリルは何の会話をしていたか大体想像付くことになる。

「地獄ならとうに見た!!」

(…賢者の石か?)

 なんとなくだが、最初のマルコーの話から、想像が出来た。ドクター・マルコーが賢者の石の研究に携わっていたというのを聞いたことがあった。ロイからは兄弟が賢者の石を探しているという情報も得ている。その二つから考えられるのは、前者はおそらく賢者の石か何か、後者は資料か何かに関してだろう。勘だけは、昔から鋭かった。

「…ってくれ」

 中で扉に手をかける音がしたため、そこから身を離した。それとほぼ同時に扉が開く。
 二人の表情は明るいものではなかったが、暗いものではなかった。真実を知って、少し安堵したような表情だった。
 納得してないのは自分だけ。
 今、この扉に手をかければ、先ほどのエドワードたちが聞いていた話を聞けるかもしれない。だけどそんな覚悟はなかった。別に元の身体に戻りたいわけではないから。
 扉に踵を返し、三人の後を追った。その途中、後ろから通りすぎって行った人物。
―――マルコーである。
封筒を持っているのが見えた。それが何か、知る権利はないが。
 すると自然と笑みを浮かべていた。あの兄弟についていこう。ロイの命令がなくとも、必ず自分にも利益のあることが付いてくる。…彼らについていけば。



 これといって旅の目的はなかった。


 けれど、良い目的が出来そうだった。