人は誰かに支えられなければ、生きていけないのかもしれない



人とは違う身体



 エルリック兄弟たちがリゼンブールに滞在したのは四日間だった。
 ヴィリルはその間、リゼンブールにただ一つある宿屋に泊まり、それなりに監視をしつつ二人のことを調べた。
 家を焼いたこと、機械鎧の技師の孫とは幼馴染であること、イズミという女性の元で錬金術の修行をしていたこと。

 そして、彼らの幼馴染であるウィンリィ・ロックベルの両親がイシュヴァールの戦乱に行っていたということ。
 どこかで聞いたことがある苗字だとは思っていた。しかしそれがまさか戦乱に参加していた医者だとは思わなかったのである。
軍を恨んでいるはず。
そう思わずにはいられないし、軍の人間を幼馴染に持つという意味を知りたいとは思わない。
 独りは気楽で良かった。
家族ももういない。 自分の幼いときを知る者ももういないはずだ。自分の生まれ故郷は東部の内乱に巻き込まれて、なくなったのだから。

 東部の中では田舎ともいえるリゼンブール、汽車の本数はあまりない。一本乗り逃すと、また数時間待たなければ行けない。田舎というのはいいところではあるが、そういう不便さもあった。
 ヴィリルはいつエルリック兄弟とアームストロングが来るか分からなかったので、駅のベンチに腰を下ろしていた。暇つぶしに買った冒険小説を読みながら。
 一人の両親をなくした少年が、敵討ちに出るという話だった。ありがちな話ではあったが、旅の途中で出会い人々とのふれあいによって変わっていく少年の気持ちが丁寧に書かれていて、これはこれで面白い。大人であっても夢中になれる本であろう。

 三人が来たのはお昼を回る少し前のことであった。本に夢中になっていたヴィリルであったが、アルフォンスの鎧の音で現実世界に戻ってきた。
 あわてて汽車に乗り込み、また数席離れた席に座る。そしてまた本を読み出した。中央まで何もないことを分かっていたかのように、本の世界に引き込まれていた。





 時は三時。
 中央で兄弟には護衛が二人付いた。どうやらアームストロングとはここでお別れらしい。

「あー…俺はどうすればいいんだろ」

 護衛がつけばもう監視の必要はないと思われる。ヴィリルはある意味で目立っていたバンダナとサングラスを取り外した。
 サングラスは見えない視力をさらに見えなくしていた。ただ邪魔なだけ。でもヴィリルの赤い目は目立つのだ。

「あー!!!」

「あちゃー…やば」

 サングラスを取った瞬間、エドワードと目が合ったのだ。逃げようと思ったが、あいにく人の多い中央の駅だ。逃げられるはずもなかった。
 エドワードは目立つアルフォンスを後ろに、こちらに向かってくる。その後ろに護衛の二人が困ったように追ってきていた。

「何やってんだよ」

 エドワードが睨みつけるように見上げてくる。

「息吸ってる」

「そんなベタなネタはいらねーよ!なんであんたが中央にいるんだよ」

「別に俺が中央にいてもおかしいことはないだろ?俺だってお前らと一緒で旅人だし?」

 ふふんと勝ち誇ったようにヴィリルは言った。ただでさえ身長で劣っているエドワードは、そのヴィリルの言い方が、いやだった。
 それは小さいという禁句を、言われていないのに言われているような…。

「そういやあんたが錬金術を使うところ見てないな。この前の時だってあんた、いただけじゃん」

「そうだっけ?」

「僕もヴィリルさんの錬成を見てみたいなあ」

「アルフォンスの頼みなら聞いてやるよ」

「なんでだよっ!?」

 護衛の二人は会話についていけてないようだった。呆然とヴィリルと兄弟の会話を聞いている。というより、ヴィリルの正体も分かっていないのだろう。
 それにここは駅だ。騒ぎを起こすわけにはいかないので、銃を出したりするわけにもいかなかった。

「あのー…この方は」

 ようやく口を開いたのは、泣きぼくろが特徴的な黒髪の女性、マリア・ロス少尉だった。

「はじめまして。ヴィリル・リベルテです」

 まるでホストのような、営業マンのような、綺麗な笑顔でロスの前に手を出した。ロスはその笑顔に見惚れてしまう。思わず握手をするのが一テンポ遅れてしまったほどだ。

「ヴィリル…さん?エルリック兄弟とはどういうご関係で?」

「どういう関係?どういう関係だっけ」

 わざとなのか、わざとじゃないのか分からない。ヴィリルは一回腕を組んで考え、チラッとエドワードのほうを見た。

「言っちゃっていいのかなあ」

「知らねーよ」

 言ったら言ったで、自分にも護衛が付きそうでなにか嫌だった。護衛が付けられるほど実力がないと思われるのも嫌だったのだが。

「国家錬金術師仲間。俺とこの生意気チビ坊ちゃんとは」

「チビじゃねえよ!!!」

「そういうんだったら俺を抜かしてみろよー」

「今に見てろ!すぐに追い越してやるよ!」

 子供の喧嘩だな、なんて思った。弟が生きていたらこんな風に笑いあって、言い合いが出来たのかなと思う。


 俺はきっとこういうことを望んでいたんだ。