知識を得るのにも、同等の代価を必要とする。



本の虫と呼ばれる者



「俺にも護衛を?」

 そこは車の中であった。ヴィリルはエルリック兄弟とその護衛と共に、国立中央図書館の横に位置する第一分館へと向かっていた。
 ロス少尉とデニー・ブロッシュ軍曹は、未だに見つからない傷の男の件を含め、事態が落ち着くまでの間、兄弟の護衛をするということになったらしい。そして国家錬金術師であるヴィリルにも、護衛を付けるべきだとロスは主張した。

「はい、そうです。傷の男はまだ捕まっておりませんし、ヴィリルさんが国家錬金術師となれば尚更です」

「一理はある。けどまあしばらくはこいつ等と一緒にいるから大丈夫だろ」

 そう言って、エドワードの頭をコツンと一回叩く。

「はあ!?何言ってんだよっ!!」

 叩かれた部分を両手で押さえ、ヴィリルの顔を見た。
 しかし彼はケタケタと笑いながら、

「俺の錬金術見たいんだろう?」

と弱みを握った汚い大人のような態度を見せるだけであった。
 まあまあ、と兄をなだめつつアルフォンスもヴィリルのことが気になっていた。確かに彼は護衛なんて必要ないほどの強さを持っているのだろう。それはロイが彼を信頼していることからも読み取れる。
 でも本当のことを言ってしまえば、得体が知れない。
本当に彼は信頼できる人物なのであろうか。いくらヴィリルの過去を知ったと言っても、それが真実なのかもわからない。彼が中央にいるのだって偶然ではないだろう。またエドワードだってそのことがあるから、警戒心を持っているのだろう。

「ということでロス少尉、ブロッシュ軍曹。エルリック兄弟の護衛兼、俺の護衛ってコトでヨロシクー」

 ヴィリルはそんな兄弟の思いを知ってか知らずか、軽快に笑っていた。





 彼らが向かった第一分館は、先日起きた不審火によって全焼であった。

(…先越されたか?)

 話を聞くところによると、火事の起きた日とエドワードたちがマルコーと邂逅した日が一日しか違わない。偶然にしては出来すぎている。
 しかし蔵書もすべて全焼してしまったとなれば、誰がやったとしても同じことである。もう元には戻らないのだから。
 五人は仕方なく隣の国立中央図書館へと足を向けた。もしかしたら同じものがあるかもしれないという希望を抱いて。





「あれは文字通り『本の虫』ね」

 本の虫シェスカ、国立中央図書館で彼女はそう紹介されていた。
 五人が赴いた国立中央図書館にも、やはりティム・マルコーの賢者の石に関する研究資料はなかった。いや、正確に言えばあったのかもしれないが。
 そしてそこで出た名前がシェスカ。彼女は図書館司書曰く本の虫らしい。会ってみれば分かるとのことだった。他に当てもないので、早速彼女の家へ向かうことにしたまでは良かったのだが、彼女の家の戸を叩いても返事はない。

「留守ですかね?」

「明かりがついてるからいると思うけど」

「鍵、開いてるな」

 明かりもついていて、鍵も開いている。これは明らかに中に人が居るということだろう。
そうでなければ、無用心にも程がある。

「…うわっ!なんだこの本の山!!」

「本当に人が住んでるんですかここ!?」

 開けてみるとそこは本しかない。見渡す限りの本の山。むしろ本しかないといっても過言ではないほどで、他の家具が一切見当たらない。生活感と言うものが全くなかった。と、これを言ってしまえばヴィリルの家も同じようなものであるが。
 ヴィリルを除く他の四人は、本の山を崩さぬよう、彼女の名前を呼ぶ。
 しばらくして。

「だれかー…」

 微かな女性の声。

「たすけてー…」

 ロスたちが探している声に反応したのか。本の下から声が聞こえてきた。

「兄さん、人っ!!人が埋まってる!!」

「掘れ掘れ!!」





 やっとのことで掘り出し、出てきたのは二十歳ぐらいの眼鏡をかけた女性であった。彼女の話では、うっかり本の山を崩してしまい、窒息死するところだったとのこと。
 偶然自分達がこの家にやってこなかったらどうなっていたことだろうか。それとも、これも運命の悪戯ってやつなのだろうか。

「で、エドワード・エルリック。本題本題」

 彼女の不幸話を聞いていても埒があかないというか。ここまで手間を取らせておいて、知らないといわれても困る。
 エドワードも思い出したように、シェスカにティム・マルコーの研究資料について訊いた。そうするとシェスカは「ティム・マルコー」と何回か呟きながら考え出した。

「ああ!はい、覚えてます。活版印刷ばかりの書物の中でめずらしく手書きで、しかもジャンル外の書架に乱暴に突っ込んであったのでよく覚えてます」

「…本当に分館にあったんだ…」

「あったってコトは、だ。要するに丸焼けってコトだな」

 追い討ちをかけるように、ヴィリルが一言言った。
 ヴィリルとしては関係のないことなのだが、丸焼けになってしまったならどうしようもない。焼けて消えてしまったものが、元通りになるなんてことはないから。流石に錬金術でもそれは出来ない。
 エルリック兄弟が目に見えて落ち込んでいる姿を見ながら、ヴィリルは一人考える。

「あんた、もしかしてその本読んだ?」

「え、あ、はい。というより、中身全部覚えてますけど」

 シェスカは人差し指で自分のことを指差しながら言う。

「…は?」

 ワンテンポ置いて、兄弟の声が綺麗にはもる。それが可笑しくて、思わずククッと笑ってしまった。

「一度読んだ本の内容は全部覚えてます。一字一句まちがえず。
時間かかりますけど、複写しましょうか?」

 やっぱりな、と思うと同時に安心している自分が居た。
 …安心?
 俺が?どうして?
 別に俺は賢者の石なんて必要としてないのに、どうして研究書を手に入れられることに対して喜んでいるのだろうか。
 やはり俺は賢者の石を手に入れて元に戻りたい、目の前に居る兄弟と同じことを考えているのだろうか。
 いや、そんな考えはもう持ちあわせていない、ハズだ。





 頭の中で、今までとは違う何かが、渦巻いていた。