「…コレだ…コレさえあれば…!」 「失敗…か…?」 自分が考えたことに対して何の疑問も持たず。 自分の力を過信したが故に人の生命を弄んで。 その結果。 自分のコトさえも見失った。 託された研究書 あれから、二週間の時が過ぎた。 本の虫と呼ばれていた彼女は、その呼び名の通り、本の虫であった。彼女はティム・マルコーが残した研究書を自分の記憶だけで複写したのである。 その量は辞書数冊分にもおよび、彼女の実力を示すのには十分すぎるもので。 さらに驚くべきなのは、ティム・マルコーが残した研究書の中身である。彼が残したものはやはりただの研究書ではなく。 彼はそれを一般人には解読出来ないように、料理研究書として暗号化したのである。ただ、それは書いた本人にしか分からないように出来ているので、同じ錬金術師であっても、解読には知識とひらめき、さらに根気の作業が必要となる。 「…で、暗号は解けたのか?」 一週間ぶりに会ったエドワードは、少し痩せた気がした。ずっと部屋に閉じこもって、暗号解読の作業をしていたのだろう。疲れというものを知らない弟の方も、前回会ったときほどの覇気を感じられなかった。 「見ての通り、さっぱりさ」 「だろうな」 ククッと笑いながら、エドワードが格闘していた研究書の一部を手に取った。確かにそれは、ただの料理研究書にしか見えない。ところどころにエドワードとアルフォンスが書いたと思われる書き込みがあるが、解答には近からず、遠からず、と言ったところだろうか。 (ふうむ…やはりアレ、か) 眉間に皺をよせ、難しい顔になる。 なんでこんなものを残したのか。 なんでこんなものをこの兄弟に託したのか。 「ヴィリルさんでも解けませんか?」 アルフォンスはその表情を、暗号が解けなくて悩んでいる兄の顔と重ねたようで。 「…ああ。お前達が一週間も悩んで解けなかったものを、俺が今見ただけで解けるわけがないだろう」 冷静を装い、最もな理由を言った。 ヴィリルは直感ではあるが、この研究書に書いてある内容を理解していた。 おそらく…賢者の石の材料についてだ。 自分は賢者の石を求めているわけではないが、錬金術師という職業柄として、気になる存在ではある。 本当にそんなものが存在するというのであれば、一度はお目にかかってみたいものだ。 「あんたなら一週間もかからずに解けそうだな」 「そんなに俺の力を過信しないでくれ」 苦笑しながら、資料を机の上に戻す。 実際、一週間部屋に籠もりっきりでやれば、解けないことはない暗号ではあるかもしれない。しかしこの暗号は兄弟に託されたものであって、ヴィリルに託されたものではない。 だから解読をする実力はあったとしても、解読する資格はなかった。 「本当にダメだと思ったときは力を貸す。けど、お前等ならできるよ」 確信はあった。マルコーの実力をヴィリルは知っている。彼が認めたのなら、この暗号は絶対に解けるのだ。 「ヴィリルさんに言われると解けそうな気がするね、兄さん」 「…これを解いたら、あんたの錬金術を見せてもらうぜ」 兄の方は嫌そうな、というより少し照れ臭そうな反応を見せた。誉められたことに対して、素直に反応できないらしい。最年少国家錬金術師であり、天才と言われていても、まだまだ中身は子供であった。 「ああ。解けたら、な」 「一言余計なんだよ!」 弟と話しているみたいだ。 自然と笑みがこぼれた。 こうやって、いつまでも笑っていられたらいいのに。 でもその資格もなかった。 ← 戻 → |