その名で呼ばれるのは好きではなかった。



単純で、分かりやすい名前



 査定まで、少し日があったこともあり、生活用品や食料を買うためにイーストシティへと出向いた。
 家具は必要ない。必要となれば錬金術で作ればいいこと。しかし食料まではそうはいかず、仕方なく街へと出てきた。
 人がたくさんいる場所はあまり好きではなかった。知らない人はみんな同じに見えてしまう。

(あれは)

 自分より前を歩いている背の低い少年と、全身鎧。
みんな同じに見えていた人間。だが、嫌でもその二人は違って見えた。もちろん、全身鎧の人間なんて滅多に見るものではないから、人目を引くのは当たり前である。
 しかし、そうではない。自然と目が彼らを追ってしまう。こんな感覚は久々だった。知らない人間に興味を抱いたことも。
 気分は高揚していた。もうこのような気持ちになることはないと思っていた矢先のことだった。
気づいた時には、自然と身体は二人の後を追っていた。食料の買出しをするという本来目的も忘れて。
 少年達は後を追う自分には気付いていないようだった。ヴィリルの赤い瞳には、もはや彼ら二人しか映していない。けれどバレない様に気配はしっかりと消している。見つからないに越したことは無い。見つかって、ややこしいことにはるのは御免だ。



 前を歩く少年達は、自分の良く知る道を通っていく。それは数分前に街へ出るために通った道であった。この道の先に続くのは、ヴィリルの住むアパートしかない。

(…ロイか)

 今現在、あのアパートにはヴィリルを除けば誰も住んでいない。ヴィリルでさえ数日前に戻ってきたばかりである。さらに言えば心霊スポットとも言われているぐらいの場所だ。そんな場所に向かう人は、幽霊に興味がある研究者、興味本位でやってきた子供、少数派としてヴィリルの存在を知っている者。
 理由は幾つか考えられるだろうが、おそらく自分に会いに来たんだ。そう思う。
 直感だったが、きっと当たっている。このタイミングでなければ、他の理由も考えられたかもしれない。しかしヴィリルが戻ってきているというタイミングでは、自分を訪ねてきた人間であることが確立として一番高いだろう。


「…ここだよな」

「ただならぬ雰囲気があるね…」

 金髪の少年、エドワードはロイに貰った地図を見ながら言った。横にいる鎧の少年、アルフォンスも姿に似合わず怖がっているようだ。
数時間前、ロイに呼び出されて紹介された錬金術師、ヴィリル・リベルテ。詳しくは教えてもらえなかったが、会ってみるといいと言われ、ここまでやってきた。昨日紹介された綴命の錬金術師、ショウ・タッカーとは違った錬金術師だとは説明されたが。
 しかし地図に書かれていたのは街から少し離れたボロアパート。到底人が住んでいるとは思えない。タッカーの家とは比べ物にはならなかった。

「何の用?あのアパートに」

「え!?」

 気付かないうちに後ろにいた、黒髪の青年。
全く気配がなかった。多少の気配なら、自分達だって感じることができるはずなのに。

「もしかして、あんたがヴィリル…?」

 自信はなかったけれど、確信はあった。パッと見ただけでは、ただのどこにでもいそうな男だ。だが、印象に残る赤い瞳が、どこか人間離れをした雰囲気を醸し出していた。さらにわざわざ気配を消していたようだった。普通の人間であるなら気配を消すことは無意味だ。
 ヴィリルはエドワードの問いに何も返さなかった。返せなかったわけではない。この二人に興味を抱いてしまったから、言葉が出てこなかっただけ。
 顔を合わせて改めて分かった。

こいつらは俺と同じだ。

 どうして目から食いついて離れなかったのか。今なら理由がはっきりと分かる。
左右違う足音、鎧の空洞音。普通の人なら全く気付かないことに、気付いてしまった。こういう時に人並み以上の聴力が役に立つ。

(こいつらは俺以上に面白い奴らだ)

 心の中で、笑う。
 こんなにも楽しい出来事に出会ったのも久々だ。研究意欲が沸々と湧いてくる。無論、この二人を研究対象と見ているわけではない。今までの五年間は、この出会いのためにあるのではないかと思ったほどだ。

「そのヴィリルさんに何の用?」

「マスタング大佐に紹介されてきたんです」

「なんで?」

 大体予想は付くが。

「(なんかむかつく野郎だな…)えっと僕らは、生態の錬成に興味がありまして―――」

 わざわざ敬語なんて使わなくてもいいのに。やっぱり面白い。

「俺は確かに錬金術師だけど、生態錬成になんか全く興味ないんだよな」

「何ぃ!?」

「ロイの紹介だろ?付いて来いよ。ちゃんと説明するから」

 こいつらになら話してもいいと思った。いつもの気まぐれなんかじゃない、信頼できると思った。自分より子供だし、人殺しの目もしていない。希望を含むその目を見たら、協力したくなった。
ただ、それだけだった。



「なんにもねえ」

「まあ適当に座ってくれ」

 座るも何も椅子なんて机の備え付けのものしかないのだが。エドワードは仕方なくその椅子に座り、アルフォンスは地面へと座った。コンクリートの冷たい感触、それすらも感じることのできない身体。ヴィリルは少々顔をしかめたが、すぐに先日と同じようにベッドへと腰を下ろした。

「俺はエドワード、エドワード・エルリック」

「僕はアルフォンス・エルリックです」

「あー…鋼の錬金術師?もしかして」

 倒置法で話すのもヴィリルの言動の特徴の一つ。ヴィリルは思ったことを率直に話すため、文法がなっていないときがあった。いつだったか、誰だったかに指摘されたことがあった。それも遠い昔の出来事。

「…ああ。あんたは?大佐に聞いたけど、国家錬金術師なんだろ?」

 すでに敬語はなくなっていた。

「あまり好きじゃないんだけどな、二つ名って。…紅の錬金術師と言われている」

「赤い目、か」

「単純でいいだろ?まあ今となっちゃ、自分の目の色を赤と認識することもできなくなったけど」

 ククッと笑いながら言った。最後に自分の赤い目を見たのはいつだっただろうか。

「ちなみに、左目も見えない」

「…!」

 声も出さず、エドワードが驚愕の表情を浮かべたのが、片目でしか見えないヴィリルでもはっきりと読み取ることができた。


そういう反応を見たのは、久々だった。