久々に帰ってきた東部は、なんとなく居心地が悪くて窮屈だった。 赤の瞳の錬金術師 東方司令部より少し離れた、人通りの少ない場所。そこに小さなアパートがあった。軍の施設の一つであるそれは、軍に所属している人間や、その家族が住むための住居であった。社宅や寮といったほうが正しいだろうか。しかし、今では誰も住んでいない。 理由は幾つかあるが、大きな理由として東部で起きた内乱があげられる。そこに住む多くの軍人が戦いによって生命を落とし、この地に帰ってくることがなかった。 そのため、戦いで生命を落とした住人の部屋はそのままになっている。もちろん遺族が荷物を引き取った家もあるのだが、半分以上が放置されていた。そして、理由が理由であるためか、空いた部屋に新しい住人が入ってこない。住人が戦死し、帰ってきていない家に住むなんて物好きはそうそういないだろう。 気付いたときには、子供たちの間で有名な心霊スポットとして話題となっていた。 戦死した軍人が夜中に帰ってくるだとか、空き部屋から声が聞こえるだとか、ありきたりな心霊話が広まる。立地的にも街から離れており、住民でなければアパートに続く道を利用する者はない。結果的に、アパートに寄り付く者はいなくなった。 そんないわくつきとも言えるアパートの一角。三階建ての二階部分、一番奥の部屋。 机と、ベッドしかない質素な部屋であった。カーテンすらも付けられていない。 昔は色々な生活家具や本が置いてあり、生活感溢れる部屋だった。自分で言うのも変だけれど。 カーテンの付いてない窓から差し込む日の光。眩しさなんて感じないけど、鬱陶しかった。天気の良い日はあまり好きではない。 「誰か、いるのか?」 「…ロイ、か」 ドアをノックすることもなく部屋に入ってきたロイは、目を見開いてコチラを見た。 彼の瞳に映る自分は、五年前に比べたら年こそは重ね、その姿は幾分か大人になっているはずだ。それに比べて、彼は五年前と比べ物にならないぐらい大きく感じた。体つきがよくなったといったことではない。その身に纏う雰囲気が、五年前と全く違っていた。 「どうして君がここにいるんだ」 ロイの声は幾分かいつもより低く感じた。自分がいることに相当驚いたようだが、その感情を押し殺しているようだった。きっと言いたいことだって沢山あるだろう。文句や嫌味が大半だろうが。 「ここは俺の家だから」 二度と帰ってこないとは思ったけどね。そう付け加えながら、ベッドに腰を下ろした。何年も使われていなかったベッドは、ミシッと音を立てる。それは本来の役割を思い出しての音か。 「ロイは中佐?」 「…大佐だ」 特に興味はなさそうに問うた。答えに対しても、特に返事はしなかった。軍の地位に関しては無関心だった。まともに軍に屈していれば、上にいける実力はあると昔言われたことがあるが、どうでもいいことであった。国や人を支配するために、軍に所属しているわけではなかったからだ。 「その歳で大佐だと、相当嫌われてるんじゃない?」 思わず笑みがこぼれた。年齢的にも、地位的にもロイは上であった。だが嫌味も言うし文句も言える。親友≠ニいえる間柄ではなかったが、自分にとって彼が特別な人間であったのは確かだ。 「それでも慕ってくれる部下はいるさ」 フッとロイも笑った。その表情を見て、「ああ、俺は羨ましいんだ」なんて、柄にもなくそんなことを思ってしまった。 ロイには慕ってくれる部下がいて、尊敬してくれる人がいる。 数年前は同じ地位にいて、同じ戦場にいた。そこから逃げ出した自分と違って、ロイはこつこつと前に進んでいたのだ。何も変わっていない自分が、とても不甲斐なかった。 「査定」 「ん?」 「査定があるから、戻ってきた。中央に行くより、こっちの方が近かったから」 ただの言い訳だったのかもしれない。 「理由がなきゃ、ここには帰ってこないよ」 逃げ出した場所に、逃げ戻ってきた。そんなかっこ悪いことは言えなかった。かっこよくありたいという訳ではなかったが、人に弱みを見せるのは嫌だった。 彼は名を、ヴィリル・リベルテという。 十一年前、十六歳のときに、当時最年少の国家錬金術師の資格を取得。 イシュヴァールの内乱にも参加するものの、その戦闘中に姿を消す。 しかし、特徴的な赤い瞳は、アメストリスの各地で目撃されている。 「聞きたいことがあるんだけど」 「なんだ?」 「なんでロイが俺の家にいんの?」 「…こちらに不審な黒髪の男が歩いていったという目撃情報があってな」 「それが俺だったってわけか」 「このアパートは心霊スポットになっているからな。一応確認のため来てみたわけだ」 「…引っ越そうかな」 戻 → |