片目で見る世界は自分の知っている世界とは違っていた。



見えるものと見えないもの、望むものと望まないもの



 ヴィリルは笑っていた。エドワードの驚愕の表情を見ながら。
 何がおかしいのか。何故笑っているのか。

「お前の髪や瞳、服、靴、肌…。俺にはどんな色をしているのかは全く分からない。
だからといって、それを不自由に感じたことはないし、他のやつらに劣っているとも思わない」

 淡々と、それが当たり前かのように語る。どこをどう見たって五体満足で、不自由という言葉とは無縁そうな人物だ。性格だって明るい部類に属するだろう。それなのにこのヴィリルという男には欠落部分があるのだ。
―――自分達と同じように。

「どうして、ですか?」

 まだ状況がうまく飲み込めていないアルフォンスが訊ねた。エドワードのほうは落ち着きを取り戻したのか、一つ息を吐いた。しかしその表情はまだ納得のいかない顔をしていた。

「理由は二つ」

 ヴィリルは天井を見上げた。

「…一つはイシュヴァールの内乱。左目が見えなくなったのは、そこでだ」

 そう言って静かに目をつぶる。内乱のことは、五年経った今でも鮮明に思い出すことができる。左目を失ったときのことも、逃げ出した時のことも。

「死んでいった軍人も多い。その中で左目だけの犠牲で済んだのは、幸いだったのかもしれない」

 死んだ方が良かったのか、左目の犠牲だけで済んだ方が良かったか、それは分からない。結果的に今自分が生きていることが世界にとってプラスであるというなら、左目を失ったことは決してマイナスではないのだろう。プラスマイナスゼロの可能性もあるが。

「二つ目は、お前らと同じだ」

「…はぁ?」

「エドワードの腕と足、アルフォンスの身体。おかしいと思わないほうが不思議さ」

 その言葉で、エドワードはガタンと椅子を倒して立ち上がった。アルフォンスも、表情こそは読み取れないが驚いているのが分かる。
 なんでこいつが知っているんだ。
 そんな顔をしている。

「そろそろロイがお前達を俺のところへやった理由を説明してやる。それが二つ目だ」

 エドワードの真剣な顔つきを見たら、全てを話してやる気になった。
 自分の正体を初対面の人間にバラすなんて考えられなかった。しかし、この二人は自分にはない何かを持っている。彼らなら何かをやり遂げるのではないかと言う希望を抱いてしまっている。
 そしてロイが自分を紹介したところを見ると、このことは運命だったに違いない。ここで出会ったことは偶然でもなんでもないのだろう。
 すべては決まっていたこと。

「俺も、な」



 一瞬の沈黙がとても長く感じられた。



「弟を練成しようとしたんだ」



 世界中のすべてが敵で、なにもかもが嫌になったときを思い出す。




「目を開けたらそこは白黒の世界だった」