そこには砂漠しかなかった。

歩いても、歩いても、目の前に存在するのは砂だけ。

目指す場所は、君の傍だけだったのに。


どんなに求めても、行き着く先には機械しかなかった。



砂漠という名の世界




二人の人間が砂漠を歩いていた。
地図も当てにならないこの世界で、無謀にも徒歩で旅をしているのだ。たとえここが砂漠であっても、交通機関は発達している方であった。村と村は鉄道で結ばれているので、ほとんどの者がそれを利用する。値段も安い。
それでも旅人は歩いていた。
髪が汗で頬に張り付き、気持ち悪い。いくら拭っても汗はどんどん溢れ出る。Tシャツも透けてきている。そんな時に近くで電車が通ると、さらに不快な気分になる。

「もうやだー。疲れたー」

そう言って、旅人の一人は座り込んでしまった。身体全体が濡れているにほぼ等しいので、砂は容赦なく彼女の身体を襲った。

「早くお風呂に入りたい」

それが素直な気持ちであるのは確かだった。

「後十キロぐらいなんだから。ほら立て!」

もう一人が、手を差し伸べる。茶色の髪が、光の加減で赤にも見える。
少女は砂の付いた布手袋を外し、青年の手を掴む。せーのという掛け声とともに少女は腰を浮かし、立ち上がった。
少女、ユウラ・エファロンはまだ十五歳にもならない旅人であった。青年と同じ茶の髪は肩より少し下まで伸び、一つに束ねられている。そして白い粗末なTシャツに、皮素材の七分のズボン。右腰には細身のレイピアがぶら下がり、ユウラが動くたびに音をたてる。

「今度は電車を使おうよー」

「駄目だ」

即答であった。最低限のお金で旅をするのがルヴェイン・エファロンのモットーである。
彼はユウラとは対照的な黒のTシャツに、デニムのヴィンテージのジーンズ。ベルトには皮のポーチが付けられ、腰や腿にはナイフが括り付けてある。癖毛である茶の髪はところどころではねていた。
二人とも動きやすさを重視し、旅をするのに適した格好である。

「本当にやばくなったら言えよ?倒れられたら困る」

「それが妹を心配する言葉なの〜…?」

力のない声で答えるが、体力的に限界が近いというわけではなかった。実際、気温三十度を越える砂漠であっても、この世界での十キロは大した距離ではない。村と村の間は百キロ以上離れているのがほとんどであり、数年前までは徒歩移動をするしかなかった。しかし、先ほども説明したとおり、安価で乗れる鉄道が発達してきている今、徒歩移動をするものはほとんどいない。確かに電車が発達したお陰で、線路沿いを歩くことで砂漠で迷子になることはなくなった。だがそのようなことをするぐらいなら安価で電車に乗ったほうがよいだろう。わざわざ歩くのは、余程の物好きか、電車が嫌いか、またはルヴェインのように、ただ単に節約したいだけか…。

「たまにはさっ!贅沢しようよ!」

「却下」

「けーちー」

喋りながらも、前に進む。目的地は、まだ見えない。



空には雲ひとつ無い綺麗な青空。俗に言う、快晴の天気である。太陽が辺りを照らし、砂漠の砂を温める。その熱は、人体にも影響を及ぼした。世界の気温を上昇させるだけでなく、人間の体温も上昇させる。この世界の人間の平均体温は三十七度である。
数年前の、緑豊かであった時代に比べたら微熱程度の高さである。多少熱っぽいと感じる体温ではあるが、砂漠の世界となってからはそれが当たり前で、人間も慣れてしまった。
――生きていかなければならないから、慣れるしかなかった。
この世に生まれたからには。
死んではいけない、そんな理由のみで生きているのだ。
だけど、人間は耐え切れなかった。
本当に砂漠で生きていけるか?
だったら緑を復活させようではないか、そう考えた。
しかし、失ったものを作り出すことは簡単なことではなかった。
諦めかけていた時、一人の男が立ち上がった。

「失ったものを取り戻すのではなく、新しい文化を創ればいい」

そう言って彼は、機械を編み出し、造り、頼り始める。そして機械の町を作り、現在では塔≠ニ呼ばれる、権力者達の住む町として発展させた。塔≠ニいう名のとおり、その場所には大きな機械の塔が建ち、機械を造らせるだけのお金を持っている者と、雇われた者がそこに住む。そこではこの世界に流通、使われている機械の大半が造られ、売られている。
そして、残された貧富の者。…いや、見捨てられたものと言うべきか、それが砂漠の民である。砂漠の民は自分たちの力だけでは生きていけないため、金持ちの代わりに働くことで生きてこられた。
だが、ルヴェイン達は違った。
彼らはただ己自身の本能で旅をし、砂漠の民のために仕事をした。時には金持ちのために働くこともあった。仕事としては、遠くに行けない者達のために荷物や手紙を運んだり、望むものには食料を与えたり。
だから彼らは、便利屋と呼ばれた。
砂漠の民のためには料金なしで働き、金持ちのためには仕事に見合った料金で働く。言ってみれば、義賊のような働きをしていた。

「お兄ちゃん?」

「…なんだ?」

「ぼっーとしてたから。早く行こうよ」

全く気がつかないうちに、足が止まっていたようだ。暑さのせいだろうか。それともまた別の何かのせいなのか。
ルヴェインは少し焦りも感じたが、そんな思いを一瞬にしてなくし、少し前を歩くユウラの後を追った。

「見えてきたな」

蜃気楼のように微かに見える村の形。
汗を拭い、二人は歩き続ける。
ただ本能に任せ、歩いた。




「着いたー…」

ようやくの安堵感であった。村の入り口でユウラは背伸びし、深呼吸をした。
ルヴェインは休む間もなく、村の中へ入っていく。待ってよ、とユウラも遅れないように後についていくが、疲れは隠せず、足取りは重かった。

「ユウ、お前は先に宿に行って部屋を取っていてくれないか?」

「むー…わかったわよー…」

ついていきたい思いと休みたい思いが交錯していた。それを兄であるルヴェインには気づかれてしまったのだろう。ユウラは反論することもなく、キョロキョロと辺りを見回した後、村の中心部の方へと向かっていった。

「さて…行くか」
ルヴェインは一つ息を吐いた後、目的のために走り出した。



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