何がどうしてこうなったのか。 俺は何も知らない。ソレを知ることは許されないことだから。 知っていても変わることのないこの世界に、俺たちは生きている。 灰色の世界 ここは灰色の世界。 木も草も存在しないこの世界は、まさに死んだ世界だった。それでも人間は生きていた。生きなければならなかった。 何のために? 誰かが「生きろ」と言ったわけではない。この絶望に近い世界で、生きている価値などまるでない。 だから子供たちは考えた。 自分たちの存在意義を知るために。生きている理由を探すために。 それを聞いた大人たちは、不満を抱いた。これもまた、理由はわからない。ただ希望を見出そうとしている子供たちが嫌だったのかもしれない。自分たちの子供時代には、そんなことを考えている余裕などなく、生きることに必死だった。 だけど今は違う。 現在の大人たちが子供だったころのこの世界は、かなりひどかった。 今ほど生活が安定しているわけでもなく、食べ物を得ることも、水を得ることも、住む場所を得ることも、服を得ることも、叶わなかった。 しかし当時の大人たちの努力の成果で生活は安定していった。その安定した世界に住むのが当時の子供たちと今の子供たちである。 だから考える余裕が出来た。そして大人たちもまた考えた。 考える大人たちの一人が言った。 「子供は好奇心旺盛だ。考えるものたちと考えないものたちを戦わせればいい」 その案は、すぐに決定された。 考える子供たちは、反抗する手立てもなく戦うしかなかった。 そしてまた考えていない子供たちは、何も知らぬまま人殺しをする道具≠ニなっていた。 ◇
「陸!そっちはどうだ!?」 軍服に身を包んだ、金髪の少年が言った。少年は岩に身を潜め、銃を胸の前に抱えている。 「標的も俺たちのように隠れているみたいだ。こちらからは姿を確認できない!」 陸と呼ばれた少年は岩の陰から顔だけを出し、辺りを見回す。だが相手も同じように身を潜めているようで、人の気配はあまり感じられない。 彼らは考えないものたちだった。 何も知らされぬまま、彼らは人殺しをする道具となっていた。だけど彼らは楽しんでいる。この世界で生きている理由があるからだ。それだけの理由で、自分たちと同年代の子供たちを殺している。 彼らだって生きている理由があるのに。 しかし陸たちは考える心を持っていない。彼らをどうして自分たちが殺さなければいけないのか、知らない。 そして数分の沈黙が続いた。 お互いに緊迫状態である。我慢比べ、と言ったほうがいいか。先に動いても、後に動いても、結果はわからない。 「長いな…」 陸は自分にしか聞こえないくらいの声で呟いた。いつもならあちらが先手を取ってくる。だが今回に限っては相手の動きがわからない。もしかしたらもうこの区域にはいないのではないかと思うほどだ。 「先手、取ってみるか?」 金髪の少年は静かに陸の傍に近寄ってきた。どうやら思っていることは同じらしい。 「スレイ、ここで動いたら俺らの負けな気がする」 「やっぱりそう思う?」 そう言って。 スレイと呼ばれた少年は二カッと歯を見せて笑った。 「でもこのままでもいけないと思うんだよね、俺」 表情をコロコロ変え、今度は腕を組んで真剣――なのかはわからないが――考え始めた。 陸はそれを見て苦笑いしたが、今はそれどころではない。自分も共に考えなければ、この状況を打破することは出来ない。 「そこにいるのは二人…でいいのかな?」 いきなり自分たちのいる岩の後ろから声が聞こえた。ハッとして振り返ると、そこにはオレンジ色のパーカーを来た少年がいた。茶の髪が風になびき、後ろの髪は器用に三つ編みに束ねられている。 少年はにこやかに笑っていて、緊張感がまるでない。この状況をわかっていないような。 「そう構えなくてもいいよ。僕は君らを殺す理由がないし、君らだって僕を殺す理由がないでしょ?それとも、ある?」 少年は最後だけ、真剣な顔になった。怒っているような、そんな顔。 「…お前は俺らと敵対しているやつなんだろ?そしたら俺らはお前を殺す」 思ったことを率直に口に出した。スレイも同意見のようだ。 少年は陸をじっと見つめた。 その心情は図りかねない。陸にとって、少年は敵だ。それ以上のものも、それ以下のものもない。 だって自分は何も知らないから。 この世界が今どうなっているかなど知らないから。知っていることといえば、この世界が灰色の世界と呼ばれ、今、目の前にいる少年たちを大人たちに殺せといわれていること。 ただ大人の言ったとおりに戦って。何を得られるかもわからないのに。どうして目の前にいる少年たちが敵なのかもわからずに、戦っている。 「君は僕らがどうして敵といわれているか、知らないようだね」 そして少年は目を瞑った。何かを思い出すかのように。 陸もそしてスレイも何も知らない。 少年は静かに目を開け、それと同時に口を開いた。 「僕たちは大人たちに考える子供たちと言われた。考えることが悪いことなんて思ってもいなかった。 大人たちは僕たちの考えに不満を思い、そして考えないもの…つまり君らに僕たちを殺すように仕向けた。考えない子供を操ることは簡単だったようだね」 陸たちを嘲笑うかのように、ククッと笑う。 陸たちはそれを見てもただ黙って聞いていることしか出来なかった。 「僕たちが考えたことは、この灰色の世界と呼ばれる世界の希望=B絶望の世界とも言われるけど、僕たちはそうは思わない。 絶望しかない世界で僕たちが生きている理由はない。だから僕たちが生きているからにはきっと、希望があるんだ。僕たちが生きている間にはないかもしれないけど、僕たちはそれがあると信じているから生きなければいけない。君らに殺されるわけにはいかないんだ」 フッと最後に息をついて、また陸を見た。 陸はその話が理解できなかった。自分たちはただ言われたとおりに彼らを殺していったが、彼らは違う。完全なる正当防衛だ。罪を問われているのはむしろ自分たちのほうではないのか。 「…ってことは俺らって悪者!?」 スレイがまじめな顔でそう言うと、少年は笑う。 「悪者も何もないよ。君らが僕たちの考えを理解してくれればね」 「お前たちの考える世界に本当に希望はあるのか?」 「努力しだいさ。もう一回、聞くね?君らに僕を殺す理由はある?」 変わらない笑顔で言う。 少年は信じているのだ。この世界の希望を、自分の生きる価値を。 ならば信じてみたい。今までの罪を償うためにも、考えなかった自分を捨てるためにも。 自分も、その希望を見てみたい。たとえ見ることが出来なくても、希望を見る手助けが出来ればそれでいい。 「俺は陸についてくからな?」 スレイも笑って陸を見る。 「少年、お前にはついていけない。俺はお前の仲間を殺したからな」 「…」 「だけど俺らにだって出来ることはある。考えない子供≠ノこの考える子供≠フことを話してみるさ。それでもし、反逆者として殺されたらそれも俺の運命。 俺のちっぽけな命で希望へ一歩でも近づくのならばそれでいい」 陸も、スレイを見て笑った。それは少し申し訳なさそうだったが、今までそういう風なことを考えていない頭ではそれが精一杯だった。 これで少しでも自分は考える子供に近づけたのだろう、そう思いたい。 「わかった。スレイ君はどうする?陸君についていくのか、僕についていくのか」 「俺は陸についてくって言っただろ?それに俺も希望を見たい」 三人は同時に笑った。心からの笑顔で。 希望を得ることは、難しいかもしれない。絶望があるのならば、それと対となる希望もある。 考える子供たちは、今も考える。 灰色の世界の希望を、希望を得るための方法を…。 The End |