そもそもなんでこんな旅に出なきゃ行けなくなったわけ? 俺はこいつらを見てつくづく思う。 感情表現が下手で、俺たちのリーダーにも関わらず、はっきりとしない魔法戦士のルエン。 のんびり屋で、何考えているのかがいまいち分からない武闘家のローレン。 頭はいいのだけれど、わがままで俺にとっちゃうるさいだけの賢者、ウィノナ。 そして盗賊の俺、イツキ。 なんのめぐり合わせか、俺らは魔王退治の旅をしている。 きまぐれなゆうしゃたちのものがたり 「イツキ、食べませんの?」 「あー…なんか食欲無くなるよなあ、こんな面子じゃ」 イツキは一つ、ため息をついて、目の前にある食事に手を付け始めた。丸テーブルには、イツキ、ルエン、ローレン、ウィノナの順に座っている。つまりイツキの横に座っているのはウィノナとルエンである。 そしてイツキにとって、ウィノナは一番苦手な人物であった。 「どういう意味ですの?」 「イツキはもっと可愛い女の子の横で食べたいんだよ」 「イーツーキー?」 「俺はそんな事言ってないだろ!!」 そんなやり取りの中、ルエンは黙々と食を進めている。我関せず、である。 別に興味がないわけではない。ただ巻き込まれるのが嫌なだけだ。 「ルエンも何か言ったらどうですの!?」 「……」 無視である。 流石のウィノナもルエンの反応がなければ、何も言うことが出来ずに黙り込んでしまった。こうなってしまえばイツキもローレンもこれ以上のことは言わずに、ただ手を動かす。ウィノナはまだ納得していないようだったが。 「…それで次は何処に行くんだ?」 今まで沈黙を固く守ってきたルエンが口を開いた。どうやらもう食べ終わったらしい。喋ってなかったのだから、当然である。 中世的なアルト声の持ち主であるが、生物学上は女性である。しかしぱっと見ただけでは女性には見えない軽装に加え、言葉遣いもウィノナと比べてしまったら女性とは思えないものである。一人称が私≠ナあるのが唯一の救いである。 「そうだなー…そろそろ魔王退治とか行っちゃってみる?」 あははーと爽やかに笑いを浮かべながらローレンは言う。金の髪と青い瞳が、彼の爽やかさをさらにプラスしている。 「レン!?」 「それもいいですわね」 「っておい!」 「イツキは何が不満なんだ?」 ルエンの黒い瞳が、問いかける。どうもこの目は苦手だ。吸い込まれそうなくらい深い闇の色。こんなヤツが魔王を倒そうって言うのだ。それもどこか面白い。 どうせ英雄視されるなら、ローレンみたいに見た目も美男子で、男の方が…。 などと思ってしまうくらいルエンは怖い存在であった。光というよりは、闇に属すような。 「魔王退治ってこんな気楽に行くもんなんだな…」 緊張感のかけらも、死ぬかもしれないという状況も、この三人にはなかった。それは倒せるという自信からなのか、それとも何も考えてないだけなのか。 これまでの旅だって、ほとんど成り行きだった。助けてといわれれば助けて、魔物に襲われている村があったらそれも救って。それでもどうにかここまで生きているのだ。今度だってどうにかなる、イツキだってそういう気持ちがあることに気付いている。 だけど今度は違う。 何せ今までの旅の根本的原因を倒しにいくのだ。 「今さらまじめになったってしょうがないんじゃない?」 ローレンがテーブルを挟んでイツキの肩を叩いた。 「あー…わかったよ」 ローレンさんを怒らせたら怖いんでね、と小さく呟きながら承諾。その言葉にローレンはあははといつものように笑っていた。 ルエンを除く三人も食事終える。お金の管理はイツキに何故か任されており、レジで支払いを済ませた。これからの旅のことを考えると、食費にあまり金をかけてられないな、と財布を見ながらため息をついた。 ◇
「暑いですわ」 禁句を発したのはウィノナだった。 「…それは言っちゃだめだろ」 「皆さんが思っていることを、私が代弁したまでですわ」 開き直りとは怖いものである。特にこのウィノナがやると、誰も逆らえない。 確かに暑い。今までにない暑さだ。 水分を取ってもすぐに汗として流れてしまい、余計な気力を使う。それに加え魔物も出るのだ。これでは魔王の城に着く前にみんな死んでしまう。 「どうする?戻るか?」 前を歩いていたルエンとローレンが振り返った。二人は戦闘では前衛であるため、ウィノナとイツキより少し前を歩いているのだ。 「ここで戻っても同じだろ?前に進もう」 前に進む距離と後ろに戻る距離。どちらが長いかは分からない。しかし、どうせ進むのなら前に進んだ方がいい。戻ったとしても、また後日同じ道を歩くことになるのだ。 「もしもだったらルエンの魔法で戻ればいいよね」 だからその分の体力、残しておいてね、と笑顔で言う。この暑さには合わないほどの眩しい笑顔だ。その笑顔の技も普通の女性には効いても、ここにいる女性二人には何の効果もない。 鈍いのか、どうでもいいだけなのか。 「進みましょう。立ち止まっていても仕方ないですわ」 「ああ」 そしてまた歩み始める。 歩いて、歩いて、また歩く。日が傾き始めても、ひたすら歩く。 ようやく城が見えてきたのは、一晩たった翌朝のことだった。 「ここか」 「まさに魔王がいるって感じの城だね」 「これで人間が住んでいたらお笑いだな」 ローレンの言うとおり、そこには人間が住むには大きすぎるぐらいの城だった。四人の想像の中での魔王はかなりの大きさのものなのだろう。 外観も草が多い茂り、全体的に暗い。窓からほんの少しの明かりが漏れているだけで、中は見えないに等しかった。 「行くか」 闇が誰かを呼んでいた。 ◇
「うわあ!」 「伏せろ!!」 イツキが伏せたのと同時に、その真上に剣が通る。一瞬の出来事である。 べちゃと気味の悪い音をたててルエンの剣にかかったこうもりが床に落ちた。一撃であったが、それは致命傷で血が死体を埋める。 「おーさすがルエン」 「お前もちゃんとやれ」 前衛のはずのローレンが自分からはかなり離れた位置で拍手をしている。気付いたときには何故か自分の横にはウィノナと一緒にいるはずのイツキがいたのだ。 「俺はルエンと違って素手じゃん?感触がすごい伝わるんだよね」 「だからって俺を前衛に送るな!」 「イツキはナイフを使えばいいじゃん。接近戦も可能な盗賊なんだから」 「いくぞ。喧嘩する相手が違うだろ」 「そうですわ」 大物が近いのは気配で分かった。 暗くなっていくのと同時に、魔物の量が増えていく。特に先ほどの蝙蝠のような暗闇に強い魔物が多い。 そしてしばらくすると、急に静かになった。 「もしかして…」 「そのもしかして、みたいですわね」 なんとまあお約束な登場なのか。行き成り目の前が炎によって明るくなる。暗闇に目が慣れてしまっていたため、よけいに眩しい。 しかしそこに立っていたのは人間だった。 「プッ」 「こらっ」 「だってお笑いって言ったのはイツキじゃん」 イツキの脳裏に数時間前の自分のセリフが浮かぶ。確かに言った。 「何を笑っている」 低く、鋭い声だった。 銀の鎧を身にまとった三十台前後の男である。というより…そこら辺にいそうな戦士の風貌だった。 「いや、だって」 「なあ」 イツキとローレンが顔を見合わせて笑う。 その様子を黙って見ていたルエンとウィノナも笑いをこらえているようだった。 「私が魔王と知ってのことで笑っているのか?」 「あ、やっぱりあんたが魔王なんだ」 「レン。それは魔王に失礼ですわ」 そういう返答を返すウィノナも十分に失礼であるが。 この四人の様子に魔王の怒りはピークだったようだ。剣を抜き、顔を真っ赤にさせている。 「こちらからいくぞ!」 「いきなり!?」 一番喧嘩を売ってしまったのがローレンだったせいか、魔王は一直線にローレンに向かってきた。 魔王の動きはよみやすかった。武闘家のローレンにとって、重い鎧を着ている戦士の動きは遅い。魔王の振り下ろした剣を横とびでかわし、脇腹に蹴りを食らわした。 たった一つの蹴りなのに、その重い身体は吹っ飛ぶ。 「あれ?」 ローレンはかなり軽く蹴ったつもりだった。鎧を強く蹴ると自分が痛いからだ。 「くそっ!」 魔王は身体を起こす。壁にぶつけたようで、額から血が出ていた。 それでも今度彼はウィノナのほうへ向かってくる。女性を狙うとは卑怯な手を使う魔王であった。 「気持ち悪いですわ!」 その向かってくる三十代――もしかしたら四十代かもしれない――の顔が気持ち悪かった。咄嗟に魔法を放ったのだ。しかもよりによって炎の魔法を。 魔王は一気に燃える。鎧のせいでかなり暑いことだろう。 「うぎゃああああぁぁあああ」 断末魔とも聞き取れる叫びが、うるさかった。 「うるさい」 炎に向かって、ルエンの剣が投げられた。 ◇
「あんなヤツに怯えて暮らしてたなんてな」 魔王を倒したと称されて、四人には勇者という称号が与えられた。 あんなヤツを倒して勇者なんて、これ以上の笑い話はない。あれはただの人間。自分達と同じ人間だったのだ。 「これからどうしますの?」 「魔王退治があっけなさすぎのせいか、なんか物足りないよね」 「ルエンはどうすんの?」 四人は立ち止まった。 「これから私たちが魔王にでもなってみるか?」 なんて冗談で言った。物足りなさはルエンも一緒であったのだ。 あのとどめのあっけなさ。自分達は血を流すことなく、そして血で濡らされるわけもなく。あれほどに弱いとはルエンも思わなかった。そして彼らの強さも。 「俺賛成ー」 ローレンが挙手をする。 「面白いですわね」 と、ウィノナも面白半分に手を挙げる。そして視線がイツキに向けられる。 「…強制参加なんだろ?」 ルエンがくすくすと笑っていた。冗談半分のつもりがこんなことになるとは思っても見なかったけれど。 だけどこのメンバーならやっていける。 世界を光で照らすことも、闇で覆うことだって、簡単なことだ。 本物の魔王が笑っていた。 The End |