「スミマセン、リタイアっす」 辛かった。 誰よりも辛いのはあいつ≠セろうが。 信頼できるやつがどんどんいなくなっていく。 ただ一言だけ、ただ一言だけだから。 お前たちに言いたいことがあった。 お前が泣かないで誰が泣く 夜中。 それも誰もが寝静まる時間だった。 横で静かに寝息を立てて寝ていたはずの男が、動く音がした。 けれどとくに気にも留めないでそのまま寝ようとする。 「……くそっ…」 それは、小さな呟き。 寝言かとも思ったが、どうやらそうではなかったらしくて。 横目で彼を見てみると、顔を押さえて、身体を震わせている。 「なんで動かねえんだよ…!」 自虐的に、言う。 なんでこんなことになった? 誰のせいでもない。自分の力が足りなかっただけ。たったそれだけのことだ。そう思わなきゃ、自分を保つ術はなかった。 死ぬと、思った。 恐怖心が自分を襲った。 だけど自分は生き残った。 死が間近に迫った。 だけど自分は生き残った。 下半身不随という犠牲を残して。 「…痛ッ…!」 動かそうと思って力をいれても、それは動かない。 ただ痛みがあるだけで、ただの存在するだけのもの。 涙が溢れ出る。 手で必死にぬぐうが、それも追いつかずに、シーツへと染み込まれていく。久々に流した涙の止め方は忘れてしまっていた。 「…運ねえなあ…俺…」 女運も。戦闘運も。なにもかも。 思ったとおりにいかず、付き合った女とは別れてばっかりで。紹介された女の子は少佐の妹で、しかも好みじゃないとか。さらには惚れた女に殺されかけたんだ。運がないとしか言いようがない。 本当に俺が好きな奴がいたんだったら、見舞いにだって来てくれるんだろうな。 そんなことを考えていたら、涙は止まっていた。 なんだ、簡単なことだったじゃないか。辛いことを考えなきゃいいんだ。 …んなわけにはいかねえんだろうけど。 大佐はどう思っているんだろうか。 もう俺なんか不要だと思っているだろうか。動けない部下なんかいらないと思っているだろうか。 俺はフュリー曹長みたいに機械が扱えたりするわけでもない。完全な肉体労働派だ。鋼の大将みたいに機械鎧にでもしないかぎり、もう軍としては不要な存在なのかもしれない。だけどその望みも叶わない。機械鎧にもできない身体だから。 「…ハボック」 …なんだ、起きてたんスか…。ってことは泣いてたのがばれてたってことッスね。 「まだ、俺の下で働いてくれるか?」 「…!」 ハボックは驚いてロイの方へ顔を向けた。しかしそこには頭が見えるだけで、表情は分からない。 だけどその後姿がとても大きく見えた。 大佐の辛さを俺は知らない。上に立つものの苦しみを知らない。 「……」 返事は返せない。その返事は絶対じゃないから。守れるなんて保障はないのだから。だから肯定も、否定の言葉も返せなかった。 そして俺は、初めて人を傷つけたと思った。どうして俺はこのとき、肯定の返事を返さなかったのだろう。たとえ気休めだとしても、返すべきだったのではないか。 また、涙が出てくる。 「俺の前からいなくなるな…あいつみたいに…」 その日、男二人は涙を流した。 一人は部下のために。一人は自分の不甲斐なさに。 だけど涙を流せたそれが幸せ。すでに涙が流せなくなってしまった者がいるのだと思うと。 次の日、二人は少し顔を合わせづらかったというのは後日談。 The End
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