それぞれの想いが交差した


守らなければいけない人


死を覚悟した。
痛くて、痛くて、痛くて。
部下も、そして自分さえも死ぬということが頭によぎった。

「ハボック!おい!!」

返事はない。生きているのかもわからない。自分が動くこともままならない。
真実は時として恐ろしいものだ。
兄弟の求めた賢者の石。錬金術師の誰もが一度は求める賢者の石。
目の前にそれがあった。
ホムンクルスが核としている、人間にとっては心臓というべきものであった。しかし心臓であって心臓でない。
気持ち悪いほどの再生力が、彼らにはあった。
それが賢者の石の力とはわかっていても、彼女が言った進化を遂げた人間というのもわかる気がした。

「くそ…どうすれば…」

考えろ。考えるんだ。
部下を救えなくてなにが上司だ。巻き込んでおいて救えなきゃ、何にもならないじゃないか。
痛覚も麻痺していく。やられたときよりは大分いい。痛くないといえば嘘になるが、死ぬほどの怪我じゃないと自覚することで、どうにか頭を働かせる。
まずはハボックだ。
精神的にも、肉体的にも、ハボックのほうがひどい。
血を止めるにはどうしたらいい。傷を塞ぐにはどうしたらいい。
ふと、自分の手が血で濡れていることに気付いた。

「発火布はもうない。…なら」

無理にでも身体を起こした。そしておぼつかない手つきで右手の甲に錬成陣を書いていく。

「あとは」

ハボックの持っていたライター。その打ち石を発火布代わりにすれば…。

「我慢してくれ」

生きることが最優先なんだ。
そのあとは、もう何がなんだかわかっていない。とりあえず、数分気絶していたのは確かだ。
とりあえずハボックと自分の怪我を塞いだ。何度も気絶しかけた。だけど助けなければいけないと思った。
誰を?
部下を、信頼してくれている全ての者を。
それは上司としての使命だったのか、ロイ・マスタングとしての意思だったのか。

「いかなければ」

もう一人、助けなければいけない人がいる。






「よく言った。アルフォンス・エルリック」

兄に負けず劣らず負けず嫌いなものだ。ふとそんなことを思った。
自分のやることに気付いてくれたことにも感謝したい。そして彼女を守ってくれていたことにも。

「ようやく跪いたな、ホムンクルス」

跪かせた、が正しい表現だっただろうか。しかし間髪いれずに炎を錬成する。
焼いて塞いだ傷が疼く。
早く殺せ早く殺せ早く殺せ。
早く殺さなければ。

己が殺られる。

誰の声だったか、わからない。
だけど分かっていた。殺らなければ殺られる。みんな死んでしまう。

「貴様はこう言ったな。『まだまだ死なない』と」

錬成音が耳に響く。

「ならば、死ぬまで殺すだけだ」

気持ち悪い音。自分の錬成とは関係ない音。
赤い光が、見えた。

「あああぁあああぁぁああああ!」

彼女の爪がロイに向かうのと、彼女の身体が終わりを告げるのはほぼ同時だった。
ほんの一瞬、ロイの運と実力が勝ったのだ。
迷いのない、信じる目が、ラストには痛かった。何よりも痛かった。

「完敗よ。くやしいけど、貴方みたいな男に殺られるのも悪くない。
その迷いの無い真っ直ぐな目、好きよ。楽しみね。その目が苦悩にゆがむ日は……」

彼女が骨に変わったのはそのすぐ後だった。身体を失った賢者の石も、すぐに砕けてしまう。
役目、役割を、そして自分の意思を貫いたロイが倒れるのもそう遅くはなかった。
無理もない。傷を塞いだとはいえ、出血はひどいものだったのだから。

「大佐!」

壁に隠れていたホークアイとアルフォンスが出てくる。

「しっかりしてください!」

「ああ中尉、無事だったか」

「ご自分の心配をなさってください!!」

泣いた姿を見たのは、初めてだったか。
血で濡れた手で、君を抱き締めることは決して叶わないことだけど、生きているだけで嬉しい。
ああ、生きているんだ。
生きていることがこんなにも嬉しいことはなかった。


生きて帰るんだ。






The End




+アトガキ+
ロイ視点は初、かな。暗くて申し訳ないほど暗いです。
みんな生きる事に必死なんです。特にこのシーンはそれが強く表れているなあって思って。
特にロイはヒューズの死から誰かが死ぬことに敏感なんだと思う。ハボックのことも、ロスのことも、色々と。