目を開けると、そこは森の中であった。 緑色の木々が覆い茂り、少年たちを包む。辺りを見回すと、後ろには小さな祠あった。祠は太陽の光で輝いて見える。いや、輝いている。 この景色は、初めて見る風景なのに。 どこか懐かしく感じるのは気のせいなのだろうか。 来たことも、見たこともない、萌えるような木々の中。レキは不安と喜びを感じた。 約束の旅路 (此処、は) 思わず声に出しそうになるが、ハッとしてやめた。 何を言おうとしたのか。自分はここがどこか知らないはずである。さらに今の状況もよくわかっていない。先ほどまでは暗い、じめじめとした洞窟にいた。だけど今はこの有様だ。似ても似つかない、場所。状況を察するに、おそらく星辰剣に飛ばされたのだろう。 (きっと僕はここで何かを知る) 推測でしかなかったが、それは何故か必然だと思えた。 「お兄ちゃんたち、誰?」 呼ばれて、振り返る。 そこにはとても、とても見覚えのある人物がいて。似ているけど、どこか違う。 だって彼はここにいるはずがないのだから。それに、どことなく幼い。自分の知っている彼とは違う。 「お兄ちゃんたちがお祖父ちゃんの言ってた人?」 きょとんと首をかしげ、少年は近寄ってくる。近づけば近づくほど、レキの表情が曇る。 だってあいつがここにいるはずはないだから。 「レキ様、この子は…」 クレオもまた、少年の顔立ちに見覚えがあった。そしてレキと同じ気持ちだった。 「それとも僕のお友達になってくれるの?」 少年はニコニコと笑っていた。 その笑顔はいつも見ていたあいつの笑顔と一緒。 笑うときだって真剣で、でも悪戯に笑うそれを一度だって忘れたことはない。 今だってあいつのことを片時も忘れていない。 「…そうだよ。キミの、名前は?」 知っているのに。 キミの名前は、忘れることの出来ないものなのに。 「テッド!」 確信でなかったものが、確信へと変わった。 どうして星辰剣は自分をここに飛ばしたのだろうか。 彼と会って自分は、自分は変われるのだろうか。真実を知ることが出来るのだろうか。 頭が、痛い。 右手が、疼いた。 それは嫌な感じだった。不吉な予感がするときに起きる、いつもの症状。 人が沢山死ぬときに起こる奇妙な違和感。 知りたくもないことを知ってしまう気がする。紋章の記憶が。テッドの記憶が。自分たちをここに呼んだのだろうか。 しかし、知らなければいけないことがここにある。 そして。 「…ッド!テッド!!」 紋章の共鳴が。 ふとテッドの右手に視線を移すが、何もない。だけどその存在を確かに感じ取ることが出来た。 「お祖父ちゃん」 テッドの視線の先には、彼が祖父と呼んだ老人。 そして、自分の紋章が共鳴をしている相手である。 嫌な気分だった。それは同じ世界に二つの同じ真の紋章が存在するからだろうか。本来、同時には存在することのない紋章が存在しているのだから。 だけどそれは相手も同じはずだった。たとえ、レキが同じ紋章を宿しているとは知らなくても。 だがテッドの祖父の顔は、それとは違う曇りがあった。レキたちを敬遠するかのような、気味悪がっているような…。 「テッド、早くこちらに来なさい」 強い口調でそう言うと、きつい視線でレキたちを見る。 「でも」 「早くしなさい」 テッドはそれを聞いて、祖父のほうへと駆け寄った。老人のテッドを見る視線は、レキたちを見る目と違う気がした。 彼はテッドの目線に合わせるかのように、少しかがみ、レキたちのほうへとまた、視線を向ける。 「我々はよそ者を好かん。何かが起きる前に、ここから立ち去るがいい」 何かが。 これから何かが起きる。 予言ではなく、それは記憶。 誰かが自分に語りかけてくるような気がした。そしてこれから起こる何かについて、訴えてくるような…。右手が強く疼く。それは今までで一番強い痛みであり、いつもとは違う痛みだった。 老人は、テッドを抱くようにして背を向け、歩みを始めた。葉を踏みしめる音が、妙に耳に残る。テッドの視線だけがまだこちらを向いていたが、それもすぐに見えなくなった。 レキも、クレオも、そこに居た誰もが何も言わずに、その背を見送っていた。 ◇
「それでこれからどうするんだい?」 沈黙を破ったのはルックだった。 ここで突っ立っているだけでは何も始まることもないし、終わることもなかった。帰り方さえ分からないのだから。 「どうするって言われてもなあ…」 「帰り方も分からんしな」 勝手に飛ばされて、それも過去に飛んだときた。同じ時代の別の場所に来たのならともかく、時代を超えてきたとなればむやみやたらに動くわけにはいかなかった。 「…っ!」 その時だった。 ズシンと大きな音が、振動と共に聞こえた。それはまるで地震のように。 「何だ!?」 「さっきの人たちが向かった方向からだね」 同時に耐え切れないほどの痛みが右手を襲った。 右手を押さえ込むようにしてしゃがむと、それと同時に火山噴火でも起こったかのような大きな音が再び聞こえた。 それはテッドたちが向かったほうから聞こえ、黒い煙があがる。 「テッド!」 痛みなんか気にならなかった。いや、気にしている暇はなかった。 レキは、とにかく走った。他の五人も後に続く。 これが過去だというのはわかっている。テッドのあの姿を見れば、それは安易に想像ができた。そして過去は変えられないことを知っている。だけど何もせずにはいられなかった。この先に星辰剣が伝えたい何かが、きっとあるとわかっているから。 辿りついた先の家の中には、少年と老人がいた。テッドと、彼の祖父である。 「これは、お前にしか頼めないことなんだ」 「う、うん」 老人はテッドの手を固く握り締めていた。その存在を確かめるように。 「本当はお前には背負わせたくなかった。けどこれをあいつらの手に渡すわけにはいかない」 いつかのテッドの言葉が重なる。あのときのキミも僕に同じことを言った。それはテッドとの約束と同時に、彼の祖父との約束だったのだ。 テッドは不安そうな顔をしていた。心配そうな目で祖父を見つめる。それとは対照的に、老人は目を瞑り何かを呟いていた。 老人とテッドの足元に黒い円が浮かび上がり、同時に老人の右手が赤く光る。その光はテッドの右手へと伸びていった。白く明るい光ではないので眩しくはないのだが、思わず目を逸らしてしまった。そして光はすぐに消えていった。それもいつだったか見た光景。 「…テッド、これを持って先に逃げるんだ」 「こ、これは何?お祖父ちゃんも一緒に逃げようよ!」 「旅の人よ、どうかテッドを安全な場所まで連れて行って欲しい」 テッドの問には答えず、視線をレキたちのほうに向けた。彼はもうわかっているのだ、自分がもうすぐ死に行く運命だということに。孫とはもう一緒にいられないということに。 「…分かりました。約束します」 過去を変えてはいけなかった。ここで老人を助けてしまったら、過去は変わってしまう。自分はテッドと出会うこともなく、帝国を裏切ることもない。仲間と出会うこともない。 レキはテッドの右手を手に取り、仲間と共に裏口から外に出た。テッドの視線はずっと老人の方を向いていた。 しばらくして、あたりは静かになった。村に戻ってくると、そこには焼けた大地だけが存在していた。 それを見たレキは思わず少年を抱いた。 そこには確かに人間の温かみがあった。これから何百年と言う月日を生きていく、少年がいた。 少年は泣いていた。 自分の知っている少年とは正反対だった。昔は泣き虫だったんだな、と。 自分よりも辛い過去を持っている。一日で家も、家族も失った。代わりに何百年も生きられる力を得た。 星辰剣は何を伝えたかった?自分にこれを見せて何を知らせたかった? いや星辰剣がこれを見せたわけじゃない。ソウルイーターがこれを見せたのだ。 レキは、少年を抱いたまま歌を歌った。 ずっと昔に親友に教わった歌を。 「君にこの歌を教えてあげる」 歌詞のない、その歌は。 「ずっとずっと未来の君に教えてもらったんだ」 その言葉に、少年は、テッドは不思議な顔をした。 だけどそれも気にならない。僕が今、君にこの歌を教えることで、ずっとずっと未来に、君が僕にこの歌を教えてくれるのだから。 それが僕とキミの親友としての繋がりだから。 気づいた時にはキミも僕の声に合わせるように歌っていた。 ◇
連れて行けないことはわかっている。 ここは過去なのだから。 ここでキミを連れていったら、僕とあいつは出会わないのだから。 親友にはなれないのだから。 「いつかきっと…また会おう」 そう言って。キミの紋章を隠すために、自分の手袋を彼に手渡した。 「うん!」 ニッと笑うこの笑顔は。 自分を幸せにしてくれたもの。 僕に大切なことを教えてくれた親友の姿と重なった。 これは約束の旅路。 生きてくれと願う。 僕とキミは、親友なのだから。 The End |