キミのことで一番印象に残っていることがあった。

…それは歌。

君がいつも口ずさんでいた歌だった。

だから僕も覚えている。


歌うことの哀しみと



「ねえ…何を歌っているの?」

そう言うと、僕はテッドの横に座った。
静かな夜。
雲ひとつない澄んだ夜空。街灯もあまり多くないこの世界では、月の明かりの方が明るい。
特に今日のような満月であれば尚更だ。
僕とテッドはグレッグミンスターを少し出たところにある、小高い丘にいる。
ここが僕ら二人のお気に入りの場所で、二人だけの秘密の場所だった。
そしてそこが一番、月の見える場所。街の光に邪魔されない場所。

「―――♪…」

僕の横でテッドが歌っていた。
綺麗で切ない歌。
彼は満月の日はいつもここに来て、この歌を歌う。
理由は分からない。
ただ彼がこの歌を歌うとき、いつも哀しそうな顔だったのだけは覚えている。

「―――なあレキ。目の前で大切な人が死んだらどうする?」

突然の問いだった。
歌を歌っている時と同じ、哀しそうな瞳で僕を見つめた。
それは真剣な眼差し。いつもは悪戯な笑顔を浮かべている彼の姿を想像できないぐらい真剣なものであった。
彼には全てを見透かされているようで。
キミのそのような表情を見たのは初めてであった。
その時初めて、親友に恐怖を感じたのを今でも覚えている。それがキミに恐怖を覚えた最初で最後の時だったからだ。

「…なんて、お前の親父さんは強いし、パーンさんやクレオさんだって強いし、グレミオさんだってお前のことになると鬼のように強くなるしな!そんなことあるわけないか!」

無理して笑っているのが読み取れるぐらい、このときのテッドの様子はおかしかった。
今まであまり隙を見せたことのなかったキミが、僕に唯一見せた隙だった。





それが、一週間前の出来事。
僕の前からキミはいなくなった。
ただ僕は君に言われたとおりにするしかなくて。
それ以外に方法なんか考え付かなくて。
逃げ出した後もキミのことが気になって。
…結局は何も思いつかなくて。
僕の力は所詮そんなものだったんだと思い知らされた瞬間だった。






「君にこの歌を教えてあげる」

300年前の世界。
キミの生まれ故郷。
キミが僕に会った最初の場所。
僕がキミと出会うのはもっともっと…ずっと先のことだけど。
キミは一人で泣いていたから。
全てを失った代償に、不老という力を得た。
これから長い時間、キミは独りで生きていく。
今この時、キミと一緒に居られる時間は少ないと分かっていたけれど。
どうしても傍にいてあげたくて。

「ずっとずっと未来の君に教えてもらったんだ」

キミのきょとんとした顔。
だけど僕が歌を歌い始めると、キミは一緒になって歌ってくれて、笑顔になって。
それは僕が見たキミの中で、一番愛らしくて純粋な笑顔な気がした。
涙を拭う右手。
その右手に宿る紋章は妖しく、そして彼のこの先を運命を示しているのか黒く、そして白く光っていた。
だけど僕の紋章はただ、ただ静かに淡い光を放っているだけだった。





この紋章には沢山の人の魂が宿っている。

だから僕は一人じゃない。

決して一人じゃない。

僕は歌を歌うよ。

キミのために。

僕らの未来のために。

平和となった今でも、僕は旅を続ける。

一人じゃないから。



「行こう。未来のために」



僕は哀しみと喜びを背負っている。





The End