ただ僕は自分の運命から逃げ出しただけなのかもしれない。




動かなければ始まらない




村の裏手には木々が蔽い茂り、トランへの道を隠すかのように山があった。
何を思ったのか、トランの英雄はそこにいた。一日に何度か、山を見上げては何か物思いにふけっている。もちろん村の人たちは彼の正体を知らない。ただの旅人としか思っていないだろう。
だから彼が何のためにこの村へ訪れたのかも、何を思って山を見ているのかも、知らない。

彼が村へ来てから数日後。
彼はいつものように山を見上げ、そして裏道へと入って小さな湖の元へと向かった。そこで釣りをするのが、日課のようになっていた。唯一とも言うべき趣味。
だけど、今日は何か違った。
村のほうがなにやら騒がしく感じる。また自分のように旅人がやってきたのだろうか?自分がやってきたときのような賑わいがあった。
だけど自分とは無関係だと思い、そのままボーっと釣りを続ける。今日はまだ、竿に動きはない。
ふと懐かしい風が吹く。懐かしい匂いを運んで。

「…レキ」

そこには会いたかったけど、会いたくなかった人影があった。




久々の再会は残酷なものだった。
自己紹介も出来ないまま、彼らはトランへ続く山道を走っていた。
村に住む少年、コウが盗賊に誘拐されたのだ。
しかし村には盗賊を倒せるような実力者はいない。なので本当にたまたま居合わせたレキたちが行くことになったのだ。
それにこの山道にはモンスターも出るという。さらに奥まで行くと、相当の実力がないと倒せないというモンスターが住み着いているとも聞いた。

「あの…貴方はもしかして…」

「話は後。今はコウ君を探すことだけを考えるんだ」

レキは息をまったく切らしていなかった。少年を探すことに集中しているのだろう。ただ前を向いて、真剣な顔つきで走っている。自分のせいで、彼が捕まったわけではなかったが、それでも彼はコウを助けなければと思った。
コウを助けることで、自分は何か変われるかもしれない。
ここに来て昔の仲間と出会ったのは、きっと何かの運命に違いないから。

「…まだ悩んでるんだね?」

自分より後方にいる、風使いの少年の呟きが風に乗って聞こえた。
だけどレキはその問いには答えない。ルックも返ってこないことを承知で言ったのだろう。

「おいレキ!なにか当てはあんのかよ!!」

「…こっちな気がするだけ!」

少し前に宿で食事を取っている時に聞いた話を思い出す。盗賊たちはトランとの国境近くに基地を構えていると。今回もおそらくその盗賊たちの仕業であろう。それならばトラン方面へと向かえば何かしらの痕跡があるはず。
だが確かな情報ではなかった。それでもそれに頼るしかない。いつもなら感じない焦りを、この時は感じていた。間接的には自分も関わってしまった出来事で、また人が死ぬかもしれないという焦りだ。

「コウ君!」

隣を走っていた少年――確かルイと云ったか――がスピードを上げた。その目指す先を見てみると、確かに少年が倒れている。
安堵感とともに、不安があった。
盗賊はどこに消えたのだ。コウは盗賊が誘拐したのではないのか。

「…盗賊がいないな」

ビクトールが呟く。

「…なにかまだいる」

「ビクトールさん!」

「どうしたんだ?」

コウを介抱していたルイとナナミが慌てた様子でビクトールを呼んだ。ルイは険しい顔をしてコウを胸の傍で抱き、ナナミはその横でげっそりした様子でそれを見ている。

「…毒…だね」

レキはコウの頬に触れる。
冷たい感覚。青白い顔。
そして腕に残る生々しい傷跡。
おそらく村人達が言っていた強力なモンスターの残したものだろう。盗賊たちがいないのも頷ける状況である。

「…リュウカン先生がまだ、グレッグミンスターに残っているはずだ。デュナンに戻るよりそっちのほうが早い」

「…レキ?」

俯いて話すレキの表情は暗かった。

「一刻を争う状況だ。ビクトールたちはグレッグミンスターに行ってくれ」

「お前は…」

「僕は、あそこには行けないよ」

顔を上げて、苦笑して。
どうしてそんな辛い顔をしているんですか?
ルイにはそれがわからなかった。ナナミはそのことにも気付いていないだろう。
この人が何者なのかは、初めて会ったときに気付いた。
ルックやビクトールの様子を見ていて。そしてこの人の持つ不思議な空気。
解放軍のリーダー、レキ・マクドール……。

「〜〜〜っ…行くぞ、ルイ!」

ビクトールはそれを見ていられずに駆け出した。わかっていたはずなのに、こういう奴だって知っていたのに。
どうやらルイとナナミは自分の後を追ってきているようだ。多分ルックはあそこに残っているのだろう。
それに自分が残っていたってなんにもならない。あいつの救いにもなってやれない。




「馬鹿だね、あんたは」

「そういうならルックもだろ?ここにまだコウ君を襲った奴が残っているとわかってて残ったんだから」

三年前と変わらない黒い棍。傷が増えたことは、変わったというのかもしれないが。

「来るよ!」

「……我が真なる風の紋章よ…『切り裂き』!!」

気配のした、ガサガサと音のするほうへ向けて放たれる。
気味の悪い鳴き声が、木の切り裂かれる音と共に聞こえる。そしてそこへレキが地面を蹴って駆け出した。そして緑の物体に向かって棍を振り下ろす。
だがあまり攻撃したという感触がなかった。確かに棍は当たっているのだが。
レキはとっさにそいつから離れた。嫌な予感がしたからだ。

「…芋虫?」

ルックの間の抜けた声。
だけどレキは真剣な顔をしていた。

「…ルック。ソウルイーターを使っても平気だと思うか?」

「どうして」

「こいつに僕の棍は効かないと思う。こいつは剣とか紋章じゃないと」

返事も待たぬまま、レキは右手の手袋をはずす。しかしまだ紋章は現れない。
硬く、頑丈に結ばれた包帯。
それは力を帯びている。
魂が欲しい≠ニ。

「熊を行かせなきゃよかったね」

いまさら言っても仕方なかったが。
こいつは一度言ったことを曲げない奴だから。それにビクトール一人いたところで敵わなかっただろう。

「我が真なる風の紋章よ…彼の者の動きを止めよ!『ねむりの風』!!」

風がモンスターを覆い、モンスターはトロンと身体を揺らめかす。

「――ソウルイーター…お前の欲しがってたものだ…!
あのモンスターの魂を食い尽くせ!!」

そう叫ぶと同時に、レキは包帯を解いた。そこに禍々しく存在する紋章が、妖しく光る。そしてその光はモンスターを包み込み、光が消えると同時に、モンスターも姿を消す。

「…っ」

右手を左手で押さえ込む。
久々に使ったせいだろう。制御が思うように出来なかったのだ。

「…ホントッ!ホント馬鹿だよあんたは…!」

「…分かってるよ」

ハハ、と乾い笑いを発し、レキは手袋をつけた。包帯はまたあとでつければいいだろう。今はそんなことより安堵感でいっぱいだったからだ。

「行かないのかい?」

「…行くよ。あいつを随分と待たせているしね」

そう、待たせているから。待っている人がいるから。
三年ぶりの故郷。
もう行かないとも思っていた。だけどバナーにいたのは少なからず未練があったからだ。会いたいと思っていたからだ。
ならば行こうではないか。
こんなことでもない限り、次はないから。



To Be Continued...