難しいことであっても、実現可能であれば、諦めてはいけない。 相似と相違
グレッグミンスターにあるマクドール家。 町はすっかりと夜の闇に包まれ、家々の明かりとわずかな街灯だけが辺りを照らす。マクドール家の二階のベランダには、解放軍軍主であるレキ・マクドールと同盟軍軍主であるルイの姿があった。 二人は特に会話もせずにその夜景を見つめ、夜の風に身を任せる。 ルイはそっとレキのほうを見た。レキの横顔は哀しみのものがあり、儚さがあった。しかしその視線には、とても意志の強いものを感じる。 「…リーダーは辛いかい?」 その視線に気付いたのかは分からないが、レキがどこか遠くを見つめたまま口を開いた。表情は何も変わっておらず、無表情のままである。 「…何のために戦っているか、それが今の僕には見出せていません。 これからまだ続く戦いの中、僕が得るものはあるんでしょうか…」 ルイも同様に、どこか遠くを見つめ、言った。ふと頭にジョウイの顔が思い浮かぶ。いつでも真剣なあの眼差しを。目標を見失っている自分とは違って、しっかりと目的を持って戦っているジョウイの姿が。 「やっぱり似てるね」 「え?」 レキはクスクスと苦笑しながら、ルイの方へと視線を移す。 「さっきルックにね、僕と君は似ているって言われたんだ。こうやって話してみて、ルックの言った意味が分かったよ」 食事をしている最中、ルックに「ルイは君に似ているよ」と耳打ちされた。ルックが言うぐらいなのだから、その言葉は確かなのだろう。彼が当てずっぽうで物を言うとは考えられない。 ルイは優しい少年である。それは一目見て想像が付いた。抽象的な表現ではあるが、柔らかい雰囲気が彼を纏っている。そして彼の姉、ナナミがルイを見つめる視線。心配と、信頼を交えたその視線だけを見ても、彼女の弟として育った彼が優しい性格になるのは目に見えてよく分かった。 「どこが似ているのか、そんな顔をしているね」 ルイは自然と、頭の上にハテナを浮かべていたようだ。それを見てまたレキが笑う。 確かにたったこれだけの会話で、似ている≠ネんて言われても、何のことか想像が付かないだろう。ましてや、数時間前に会ったばかりの初対面の人間に、だ。 「――三年前、僕も同じようなことで悩んだ。その時、ルックに言われたんだ」 夜空を見上げ、言う。あの時のことは、今でも鮮明に覚えている。三年経った今でも。 「何を言われたんですか?」 「『あんたは何のためにここにいるのか』って。今の君と同じ悩みさ」 レキは静かに目を瞑る。そこには闇しかなかった。夜空に光る星のように、光を発するものは無い。 解放戦争の最中、眠ることが怖かった。眠ると闇が襲ってくるからだ。ルックに紋章で眠らせてもらったことも、何度かあった。どんなに身体が疲れていても、闇に呑まれることを恐れていた。 「僕は、守らなければいけない人たちがいたから、戦った」 ルックに問われ、咄嗟に出た答えであった。考えるまでもなく、すでに答えは自分の中にあったのだ。解放軍のリーダーとして戦うと決めた時、誓ったことだったのだ。 「…でもね、リーダーとは、最も死に遠き存在」 先ほどより、幾分か低い声のトーン。辛そうにしているのが、目に見えて分かる。その姿を見ているのは心苦しいし、話をさせているのは自分でもある。だが、目を逸らすことも、話を止めることも出来なかった。 ――自分のために、してくれているからだ。 止める権利もなかった。辛い話をさせているのが自分だからこそ、聞かなければならないと思った。 先ほど、宿屋に滞在している時に、ビクトールがレキのことを少しだけ話してくれた。レキは「人と接することを最も恐れている」と。 そんな人物が初対面の人間にこうやって辛い過去を話してくれているのだ。尚更聞かなければならない。いや、単純にこの人の話を聞きたい。 ただの推測でしかないが、彼は自分なんかよりずっと辛い経験を、自分の辛さなんかじゃ測りきれないぐらいの痛みを背負っている。 「誰かに守られているから、誰かが守ってくれるから。 守りたいから戦っているのに、僕は常に誰かに守られていた。 親しかった人、肉親、親友、…その場に居る全ての人が、リーダーという人物を守ろうとする。いくらそれが赤の他人であったとしても。 その人だけが希望だと思っているから。いくらその人が弱い存在であったとしても」 淡々と、言う。 感情もこもっていない、ただの棒読みにも聴こえるその文章。 だけどルイはその言葉を聞き流すことは出来なかった。 一言一句、頭の中で繰り返される。 「だから、遠い。代わりに、自分に最も近き存在のものが死ぬ」 ゆっくりと目を開け、空を見上げる。 星、108の星。 まだその数へは到達してないが、いつかはその数へと到達するだろう。 そして数が揃ったときには終戦の間近。 果たして、そのときに108全ての星はあるのだろうか。 少なからず自分のときは一つ、なかった。 「…僕は、守られるだけの存在にはなるつもりありません」 搾り出した答えだった。レキの言うことを否定するわけではない。 「僕はリーダーだから。誰よりも前に立っていかなければならないから」 少しだけ胸を張って、自分の今言った言葉に負けないぐらいの真剣な顔をした。 レキは少々驚きを見せたものの、すぐに先ほどまでの顔を吹き飛ばしクスクスと笑った。 声を出さずに、口元を少し歪めるだけの簡単な笑顔で。 「…そうだね、僕と君は似ていても違う存在だ。 ―――その気持ちを忘れないで欲しい。もし君の最も近き存在がいなくなったとしても…」 「…はい!」 ルイは顔をほころばせ、笑う。 それはレキと違って心から笑っているような、綺麗な笑顔。 その笑顔を見て、レキはやっぱり似ていても違うと改めて思うことができた。 なぜならもう戦争に参加したときから自分は義務的に笑うことしかできなくなっていた。心から笑う、という行為をどうやるのかも覚えていないし、今となってはやろうとも思わない。 「…レキさん」 「なんだい?」 また、真剣な表情になって、真っ直ぐレキを見つめる。 「僕らと一緒に、戦ってくれませんか?」 その言葉と同時に、右手を差し出される。 「…うん、分かった」 右手を握り返す。すると、互いの紋章が僅かにだが共鳴をしたかのように感じた。ルイは気付いていないようだったが、レキにははっきりと感じ取れる。ルイの今までの戦いの記憶が、レキの頭の中に入り込んでいた。 彼は、まだ人の死を、身近な者の死を知らない。 それならば守ってあげたいと思った。自分のように、悲しみばかりを知る人間にしてはいけないと思った。 「本当ですか!?ありがとうございます!!」 また笑う。 それを見てもやっぱり義務的な笑顔しか出来ない。 でもデュナンにいけば少しは変われるかもしれない。彼が自分の信じる道を、共に歩んでみようと思った。 長い長い人生はまだスタートしたばかり。多少の寄り道は許されるだろう。もしかしたらそれは、寄り道ではなく、正しい道なのかもしれないから。 The End |