二度と、会えないと思っていた。




似てなるもの




デュナンの湖に月が映る。
今日は満月。一月に一度の日は、天気がよく月明かりで辺りも明るい。

「アレ?先客がいる」

「…レキか」

青年は首だけをレキに向け、また湖のほうへと顔を戻した。

「もしかして邪魔かな、フリック」

レキは静かに歩み寄り、フリックの横へと同じように湖のほうへ顔を向けて立った。
返事はない。ふと横に視線を移すと、フリックの表情はいつもと違っていた。いつも見せる戦場での顔や、ルイたちとしゃべっているときの顔とは違う。
それがフリックの本来の顔だと思えた。
はじめて会ったときの顔。解放軍に加わることを、否定されたあの時の。

「綺麗だね」

フリックを見て、言う。

「月が、か?」

自分を見て言われ、疑問に思う。自分のことを言っているように聞こえて、少々いらつく。同じようなことを前にも言われた。…今はいない彼女に。

「ううん…いや、両方かな」

意味深に言って、レキは苦笑した。
月は確かに綺麗だった。こんなに綺麗な月と、あと何度出会えるだろうか。
フリック自身、この月を見たのは二度目だ。
一度目は三年前。彼女と二人で見た月。
そのときの彼女は笑っていた。辛い日々が続いていたのに笑っていた。辛いはずなのに、一番辛いはずなのに。彼女は笑顔を絶やさない。涙も流さない。
目の前にいる少年とは対照的な。
彼は笑えない。涙も流さない。辛い日々が続いても、それを感情にあらわすことなく、義務的に笑う。人が死んでも、哀しみを表に出すことはない。

「対照的だけど似てるな、お前ら」

「誰と?」

レキは立っている方向を変えて、湖に背を向けた。相変わらず、顔はフリックのほうへ向いているが。

「なんでもないさ。それよりいつまで俺を見てるんだよ」

照れくさそうに。
月明かりのせいで、顔を赤らめているのがはっきりとわかる。

「男に見つめられてもうれしくないって?」

からかって言うレキの表情も、笑っていない。
本人は自分が笑っていると思っているのだろうか。まるで仮面をかぶったかのように。それとも自分で笑っていないと気付いているのだろうか。
お前はもうリーダーじゃないのだから、義務的に笑うことなんてしなくて良いのに。

「じゃあニナでも呼んでこようかなー」

またからかって。

「なんでそうなるんだよ…」

ため息混じりにフリックがそう言うと、レキはその場にへたりと座り込んだ。膝を曲げて、手を膝の上に乗せるようにのばして。

「…オデッサさんのこと、ごめんね」

「…何をいまさら」

いきなり何を言い出すのかと思えば、彼女のこと。
ふとレキの顔を見ると、今まであまり見せたことのない辛い顔をしていた。泣きそうだが、涙は流していない。

「戦いが終わったら言おうと思ってた。だけど君たちまでいなくなってしまった。まだ何も伝えてなかったのに。何もしてあげられなかったのに」

右手をじっと見つめ、言う。

「フリックとここで会ったときはね、嬉しかったんだ。生きていてくれたことが、またこうやって話せたことが。だから今もう一度言う。ごめん。そして今までありがとう」

顔を上げて笑って言った。やはり義務的な笑顔だったけれど。

「俺もお前とまた会えるなんて思ってなかったさ。俺のほうこそありがとう」

レキの頭をくしゃくしゃと撫でた。
あの時と変わらない少年。これからもずっと変わらない少年。
俺がいなくなっても、この世界に自分を知るものがいなくなっても生きる少年。
たとえ一人になっても。
自分たちは彼の記憶の中で生き続けようと思う。
彼が笑えるようになるまで。彼が幸せを手に入れるそのときまでは。





The End