親友の身体はまだ温かかった。 歩いてきた道、これから歩む道 「ごめん、本当にごめん」 腕の中で苦しむ親友はそれしか言わなかった。 謝る必要なんてないのに。謝る理由なんてないのに。テッドはそれをずっと呟く。 彼の生命の炎がどんどん小さくなっていくのが、体温の変化でわかっていた。もう助からないこともわかっている。だけど、レキはそれが信じられない。姿だって自分と変わらない少年。だが彼の生命は寿命…いや、紋章を失ったことで尽きようとしている。 君が助かるのならこの紋章は返す。 レキの頭に、その考えが流れ込む。だけどそれはできない。これは、この紋章は、自分が解放軍の軍主である証でもあるから。なくなってしまったら自分は解放軍にいられないような気がしてしまうから。 「俺と同じ道を歩かせてしまってごめん。謝っても何も変わらないのはわかってる。だけど…だけどお前には悪いことをした」 顔を苦痛に歪め、言う。 大好きな親友。たった一人の親友。それはテッドにとっても、レキにとっても。 二人の少年のものである紋章。親友の証である紋章。呪いの紋章であるそれは。 「喋らないで!もう…いいから…。テッドのせいじゃないから…」 身体をぎゅっと抱きしめる。体温は先ほどよりどんどん冷たくなってきている。 僕の身体の温もりで、君が温まるのならば。 レキはただただ彼の身体を、自分の身体で包み込む。 「ソウルイーター…俺の大切な親友を守ってやってくれ…。俺の最後のお願いだ」 「最後なんかじゃない!これから…これから前みたいに笑って…!」 それが、叶わぬ願いだとわかっているのに。 どうしてこの口はそういう風な言葉をしゃべっているのだろうか。テッドを苦しめるだけなのに。 「レキ、お前に俺からの最後のお願い…聞いてくれるか?」 テッドのお願い。 今まで叶えられなかった願いも、叶った願いもたくさんある。テッドの一生のお願いは、本当にこれで最後なのだ。叶えてあげなくてはならないと思う。叶えてあげなくては。 「…何?」 「笑え」 「え?」 思っても見なかった願いだった。 テッドの目に映る自分は、無表情だった。哀しいはずなのに、苦しいはずなのに涙も流していない。哀しみの表情を一切見せていない。 レキは首を振って、テッドから視線を逸らした。どうしてそれが最後の願いなのだ。もっと別の願いを自分は望んでいた。彼が望むものを、自分は望んでいない。自分は笑えない。笑えないからその願いを叶えることはできない。ましてや親友の生命が尽きかけているのだ。そんなときにのうのうと笑ってなどいられない。涙も流せない自分に、笑って彼を送る資格などない。 「どうして…?どうしてソレを望むんだよ…!」 それはテッドに言ったものだったのだろうか。自嘲気味にレキは言った。 「お前は笑っているほうがいい…。俺はお前の笑顔が好きだった」 テッドの左手が、自分の顔へと伸びてくる。そしてレキの頬へと触れ、そのぬくもりを感じつつ、続ける。 「俺を絶望の淵から救ってくれたのはお前の、レキの笑顔だ」 真剣な表情で言うテッドを見ていると、いつのまにか胸は哀しみでいっぱいだった。 親友と、テッドと最初に出会ったときの記憶が蘇る。そのときの自分はまだ笑っていた。今の自分のように笑えなかったテッドに感情を与えたのは誰だったか。少なからず、その中に自分が入っていることは確かである。笑えなかった親友に、笑いを与えた自分。だからテッドはレキに笑ってほしいと願ったのだった。 自分に、再び喜びを与えてくれた親友に。 「…笑い方が分からないよ…テッド…」 「…やっぱりお前には俺がついてなきゃ…痛っ…!」 「テッド!」 テッドは苦痛に顔を歪めた後、静かに目を閉じた。 「置いてかないで!置いてかないでよテッド!!!」 レキの頬を触っていたテッドの左手をレキは握り締める。それと同時に、レキの右手の紋章が、手袋越しでも光を発していた。それは、魂を喰って紋章が喜んでいる証拠であるのか。 「…ごめん、ごめんね」 泣こうと思っても涙は流れず、親友の願いを叶えようと思っても笑顔を見せることはできなかった。 ◇
僕は君の願いを叶えることが出来なかった。君に何一つしてあげることが出来なかった。 君の最後の顔は、笑顔だった。苦痛に耐え、僕に笑顔を与えてくれた。 だけど君の笑顔でも僕の笑顔は取り戻せなかった。 大好きな君が死んで、笑えるわけがない。あの再会が、あのようなものでなかったら。もしかしたら僕は笑えたかもしれない。もちろんその時には僕の横に君がいて。 大好きだったのに。 君とともに笑って過ごせる日々が、父さんや、グレミオや、みんなと笑って過ごした日々が大好きだったのに。 みんな死んで。僕の前からいなくなって。 僕は一人ぼっち。 僕の孤独感は、一生消えない。 The End |