「ルックー!」

いつものように約束の石版の前でぼーっと考え事をしていた時だった。この城の主の姉であるナナミが、ルックのほうへと走ってくるのが見える。

「今日バレンタインでしょ?だから皆にチョコ配ってるんだ!」

ただでさえ静かな空気を壊されてイライラしていたルックの表情が一瞬にして青ざめる。
このナナミの笑顔。
普通の、何も知らない男なら、断らずに素直に貰っていただろう。
しかし。
同盟軍にいる男に限っては誰もが断る。本人に自覚がないのが一番厄介であるということを彼女によって思い知らされた。

「…僕はいいや」

「なんでー!?」

どうやら本人は分かっていないらしい。
というか普通…味見とかするだろ。
なんてルックは思うが口には出せない。

(ここでナナミを泣かせたりしたら…ルイがなんて言うか…)

ふと、彼女の弟が黒いオーラを出しているのが浮かぶ。

「僕じゃなくてルイとかフリックにあげたら?」

遠まわしに断る。…が。

「皆の分も用意してあるよ〜♪特にルイの分はね!」

予想はしていたが…一番聞きたくない答えが返ってきた。
どうやらこの軍のほとんどの男共にチョコをあげるらしい。
今日だけは…嫌な日だ。
本当なら男にとっては嬉しい日なのだと思うが。

「本命とかいないわけ?」

「さっきから質問ばっか。とりあえず受け取って!」

と、むりやりチョコを胸元に押し付ける。
見た目は…けっこう上手だと思う。
彼女の服と同じピンクのリボンが付いていて…ラッピングも綺麗に整っている。

「じゃあ…あとで食べるよ」

そう言いつつも本当は食べないつもりである。

「だめだよ〜。今食べてもらわなくちゃ!」

「…何で」

彼女の頬が膨れる。
そして目の前に人差し指を突きつけてきて…

「だって美味しいか確かめなきゃいけないじゃん」

「僕は実験台ってわけ」

もう何も言い返せなかった。
これがナナミでなければ、切り裂きで放っていたと思う。
ホント、リーダーに従わなければいけない立場ってつらい。
今更実感してしまった。

「チョコなんかじゃなくて…僕は…」

「何?」

沈黙が生まれる。
ルックは俯いてしまい、ナナミはその下から顔を覗き込む。
その瞬間ルックの顔が赤くなった。

「ど…どうしたの、ルック!顔赤いよ!!」

どうやら自分のせいだとは気づいていないらしい。

「ナナミの…せいだよ…」

言葉が続かない。

「え?な…なん…」

続きを言う暇もなく、右手でナナミの唇を塞ぐ。
そしてそのまま、右頬にキスをした。

「う…」

声にならない声でナナミが呻いた。
というか、丁度ルイたちが会議中だったため石版の前に人が少ない。
だから…何故かルックが大胆だった。
頬から口を離し、右手も取る。

「ル…ルック!?」

「……」

なんで自分がこんなことをしたのか分からなかった。
恋なんて無駄な感情だと思う。
だけど…身体が咄嗟に動いた。
少なくとも…ルック自身にナナミに対する恋愛感情があるということだ。

「チョコはいらない」

「え?」

「君のここ奪えたからね」

そう言い、自分の右頬を指差す。
その瞬間にナナミの頬は赤に染まった。
赤というよりはピンクに近いものだったが。

「さっきの返事は?」

「何…?」

「本命」

「――――今はいないよ」

ナナミはルックから目を離し、言った。

「じゃあ僕が入る隙間もあるのかな」

ルックはそう呟くと、一筋の風が流れてきた。
その風がなくなると同時にルックの姿も目の前からなくなった。
ナナミはその後に、石版に触れた。
まだルックの温もりがある。

「ルックに最初にあげたかったのは…ルックに最初に食べてもらいたかったからだよ…」





The End