ある国に若い王様がいた。 まあそれはごく当たり前のことであるのだが。 王様はこの国を救った英雄であり、国の人皆に愛され、親しまれていた。 王様もそれに答え、国にとって、国民にとって利益になることを最優先に政治を行っていた。 それが王様の若いながらも王様でいられた理由だった。 何よりも人のことを最優先にし、自分のことを後回しにする。 自分を犠牲にしてでも周りを助けたい、それが王様にとっての政治だった。 そして国民は、自分たちの幸せよりも王様の幸せと笑顔を願う。 王様になる前の王様……少年は誰よりも辛い生活を送っていた。 戦争という時代の流れに飲み込まれ、少年は軍のリーダーとして戦い、親友、血の繋がった家族さえも失ったが、彼は軍を勝利へと導く。 彼はその優しい性格から王様に任命された。 最初は気が重いながらも、それなりにやっていた。自分の出来る限りのことを精一杯。 国民もそれに答え、王様を支持した。 だけど悲劇と云うのは突然やってくるものである。 王様の付き人…王様がただの少年であったときから一緒にいた付き人が病で亡くなったのだ。 王様は、泣いた。 三日三晩泣き続けた。 どんなに泣いても、苦しんでも、何をしても、彼が帰ってこないと分かっていても。 ―――泣くことしか出来なかった。 「王様、気分は如何でしょうか?」 いいはずがない。 扉をノックし、自分を心配しやってきた大臣にも見せる顔がなかった。 「…辛いのは皆同じです。王様の気持ちを分かってあげられるはずです。 どうか…どうか出てきてください」 大臣の言葉は耳に入らなかった。 自然と涙は止まっていたが、自分の中で何かが物足りない気がした。 ふとベッドの横にある鏡を見る。 「…コレは誰?」 声を、久々に出した。 鏡に映った自分は、数日前との自分とは明らかに違っている。 三日間何も食べていないせいもあり、頬は少しこけ、身体も全体的に細くなっている。 さらに驚いたことは瞳、だった。 光の宿らない、何も見えていないような瞳。 ただ鏡に映る自分だけを捉えている。 「王様!」 流石に三日間も王様が部屋から出てこなければ、国の士気にも関わる。 さらに王様がいなければ、国が成立しない。 大臣は兵に部屋の合鍵を持ってこさせ、扉を開けた。 「…大臣」 そこには変わり果てた王様がいた。 大臣は吃驚したが、王様に近寄って優しい言葉をかけた。 「さぞ辛かったでしょうね…しかしこれからは私たちもいます。 私たちが貴方の傍にいます。だから…お願いします…」 「うん…わかったよ。今までどおり頑張るから…」 少々幼い言動だったが、大臣はそれを聞いて安心した。 変わらない、と思った。三日前とは何も。 王様がいつもの笑顔を見せてくれると。 ◇
それから数週間が過ぎたが、王様は笑わなかった。 医者に見せても、誰に見せても、心身ともに問題はない。 ただ笑わない、という欠落を除いては。 王様の中の物足りなさ。 それは感情だった。 涙と共に感情というピースは流れ落ち、どこかへいってしまった。 だからもう笑うことも、泣くことも、怒ることも、出来ない。 国は徐々に乱れていった。 国民が求めた笑顔は、もう二度と求められないからである。 だから大臣をはじめとする王様の元に働くものは考えた。 そこで無理かもしれないがやってみる価値はあると判断したものが一つ、あった。 王様が満足できるような、付き人の代わりとなるようなものを捜すこと。 大臣は御触れを出した。 人、物関係なく王様に感情を戻させることができたら賞金を与える、と。 この国だけに関わらず、世界中に。 すると沢山の人がやってきた。 ほとんどがお金目当てだろうと思った。 だけれど、王様の笑顔が再び見られるのならば安いと思い。 色んなものがあった。 スタイル抜群の美女、家事が何でも出来る主婦、腕のいい剣士等。 はては人ではなく駄洒落を言う者や、王様が棍使いだったことから、腕のいい鍛冶屋に作ってもらった棍を持ってきた者もいた。 だけど王様は反応は示すものの、表情は変わらない。 ただ無表情にそれを見ているだけで、表情を変えることは一度もなかった。 大臣自身も失敗だと思った。次で最後だったからだ。 入ってきたのは少年。 まだ十歳にも満たない少年で、服はボロボロになっている。 少年は肩からかけている鞄から、一通のクシャクシャになった手紙を取り出し、王様に渡す。 王様はそれを静かに受け取り、手紙を広げた。 「コレ…は…」 王様の手紙を持つ手が、微かに震える。 王様は、ぎゅっと目を瞑った。 泣きたい。 涙を流すことは、こんなにも難しいことだったのだろうか。 必至に泣こうとする。 すると、右目から一粒だけ雫が落ちた。 「王様!?」 それを筆頭に次々と涙が出た。 手紙を濡らさないように手で拭う。 だけどそれじゃあ追いつかなくなっていた。 すると少年が王様の顔を覗き込み、小さな冷たい手で涙を拭った。 「そのね、手紙を書いたお兄ちゃんたちがね、僕に言ったんだ。 俺たちは離れていてもお前を忘れないからって。いつでも一緒だって」 「…そっか…ありが…とう…ありがとう…」 少年を抱き上げ、何度も、何度も呟いた。 あれほど感情をあらわすことが出来なかったこの身体も、いつしか泣くことも、笑うことも出来るようになっていた。 感情というピースは、手紙に沢山詰め込まれて帰ってきた。 いつしか、その場にいる全員が泣いていた。 「君の名前は?」 「レキだよ!」 そう言って、抱きしめていた腕を少年から離し、今度は肩に手を置いた。 そしてニッコリ微笑み、 「いい…名前だね。この手紙をくれた人にありがとうって伝えてくれるかな?」 「うんいいよ!王様の頼みだもん!」 少年は同じように笑顔になって、胸に拳をのっける。 それは「任せといて!」の意だったのだろう。 王様はそれを見て、安心し、皆にこう宣言した。 「この少年、レキ君は僕に笑う≠ニいうことを教えてくれた! よってこのレキ君は僕の付き人とする!!」 その言葉に歓声が上がった。 レキはとても吃驚していたが、王様の笑顔を見たら王様の傍にずっといたくなった。 王様とレキは顔を見合わせて笑う。 国民の願いは一人の少年のお陰で叶い、また国民も自らが笑顔となった。 光を失っていた王様の瞳にはいつからか光が宿っていた。 レキへ
突然の手紙、吃驚しただろうと思う。 だけど手紙を出さずに入られなかった。 風の噂でアイツが死んだ、というのを聞いたからだ。 お前は一人じゃないから。 確かに戦争は辛いが、お前はかけがえのないもの沢山を手に入れたと思う。 少なくともオレは…そう思いたい。 お前と出会えてよかったし、アイツと出会えてよかった。 これからも頑張ろうな。アイツのためにも。 また機会があったら手紙を出す。 フリック ビクトール 二人のレキはその後、より平和な国を作り出す。 笑顔を絶やさず、国民の幸せを、王様の幸せを願った国のお話は永遠にこの国に語り継がれていく…。 The End |