その時の俺は、思っていた以上に弱っていたのだと思う。




出逢いと始まり




「お前、名前は?」

「…テッド」

そこは、戦場であった。
いや、自分が戦場にしてしまった、のかもしれない。
右手に宿る紋章が、大人しくしているのがよく分かる。魂を喰って満足しているのか、先日まで感じていた痛みが全くなかった。

「何故ここにいる。ここで何があった」

赤を基準とした鎧を着ている青年騎士が問うた。おそらく軍人であり、この村で起きた戦いの調査をしに来たのだろう。後ろには数人、同じような鎧を着た兵士が立っている。彼らは青年騎士とは違って槍を構えており、テッドが少しでも不審な動きをしたら、その槍で攻撃をしてくるのだろう。

「…たまたま、旅の途中で立ち寄った村だ」

後者の問には答えられなかった。
『戦いがあった』
それは事実である。しかし原因が自分にあるということは、口に出すことは出来ない。口に出してしまったら、この場で殺される。もしくは彼らの祖国に連れて行かれ、処刑に合わされる。どちらにせよ、喋ったら殺されることには変わりはないだろう。

「お前のような子供が旅を?」

「家族は皆、死んだ。生きていくには旅をするしかない」

「…っ」

「それなら、私の家に来るが良い」

「テオ様!?」

突如、別の声が青年騎士の後ろから聞こえてきた。低い、落ち着いた声。威厳のあるその声は、おそらく青年騎士の上官であるのだろう。
兵が道を開け、声の主である男がテッドの前に現れた。

「私は赤月帝国、五将軍が一人。テオ・マクドールだ。君の名前は?」

「…テッド」

先ほどと同じように名乗る。
テッド自身、テオ・マクドールという将軍のことは知っていた。赤月帝国の領土に入ってからは、嫌でも帝国の将軍の名前は耳に入る。
その中でも最も名を聞いたのが、テオ・マクドールであった。
彼は五将軍の中でも、赤月帝国の皇帝であるバルバロッサが最も信頼を置いている人物であり、自身もバルバロッサに対して揺ぎ無い忠誠心を抱いている。だからこそ帝国民にも信頼を置かれている将軍であった。

「テッド君。私の家族にならないか?」

「…何を」

「家族がいないのだろう?それに私の家には君と同じ年頃の息子が居る」

どうやら、本気で言っているようだった。テッドを見つめる目が嘘偽りでないことを物語っている。
先ほどの青年騎士や他の兵士達のざわつく声が耳に入る。帝国の将軍が、素性も分からない少年を家に置こうと言っているのだ。傍にいた側近の兵士達も動揺を隠せていないようだった。

「私は家に居ることが少ない。私の代わりに、息子の話し相手になってやってくれないか?」

最初は同情だと思った。家族がいない自分に対しての。
しかしその認識は違っていた。
テッドを見つめるその瞳は優しさを含んでいる。滅多に構ってやれない息子に対しての思いと、家族のいないテッドに対しての思い。それがテオの中で、たまたま重なったのだ。
その思いに気付いてしまったから。
たまには、それもいいかもしれない。右手に宿る紋章も、今は大人しく眠っているようだから。
自分も安息が欲しかった。折角だから、その厚意に甘えようではないか。
どうせ、長居をするつもりはないのだから。




黄金の都と呼ばれるグレッグミンスターに訪れたのは初めてであった。テオと共に歩いているというのもあるが、人々の活気溢れる声が自然と耳に入る。

「アレン、グレンシール。先に城に戻っていてくれ」

「分かりました」

テオの後ろを歩いていた青年騎士二人が頭を下げ、城の方へと向かって歩き出した。テオが率いていた兵たちも、二人の後を追って歩いていく。

「こっちだ」

通りを一つ外れ、テオは自宅へと向かう。少し後ろを歩くテッドは、その美しい町並みを見渡しながら歩いていた。

(…キレイだな)

長居をするつもりはなかったが、一生に一度はこういう場所に住んでみたいと思える場所だった。定住することが出来ない身体では、その夢も叶いやしないと思っていたが、思わぬところで夢が叶った気分である。
こればかりは将軍に感謝しなければならないなと思った。同時に、その恩を返したらこの場所を去らなければならないと心に誓う。
少し歩いたところでテオが立ち止まった。目の前には今まで通ってきた道にあった家とは違い、装飾が施された一際大きい家が建っていた。立派ではあるが、豪華とはいえない。しかし、威厳を示すためには十分なものである。

「グレミオはいるか!?」

扉を開けての第一声がそれであった。遠くの方でバタバタと慌しい足音が聞こえる。

「テ、テオ様!お帰りなさいませ!…その少年は…?」

長い金髪を持ち、頬に傷のある男であった。召使いにしては体格が良く、その身に着ける白いエプロンが妙に似合っていた。目ざといのか、テオの後ろに隠れるように立っていたテッドにもすぐ気付く。

「レキはいるか?」

「あ、はい。今呼んで来ます!」

先ほどと同じように、バタバタと足音を立てて階段を上っていく。
レキ。きっとそれがテオの息子なのだろう。声には出さなかったが、心の中でその名を呟く。

「父さん!お帰りなさい!」

「ああ、今帰った」

階段を降りてきた少年は、真っ先のテオの元へと駆け寄った。黒い髪に、紫の瞳が印象的な少年だった。まだあどけない顔つきであったが、彼がテオの息子であるということは一目瞭然だった。

「…君、は?」

テオの方に向いていた視線がテッドの方へと移る。
レキの紫の瞳がテッドを映し、テッドの琥珀色の瞳がレキを映した。その瞬間、電気のようなものが頭の中を走った気がした。


俺は、彼の紫の瞳に、懐かしさを覚えた。


いつだったか、遠い昔。絶望を知った瞬間に手を差し伸べてくれた、あの人の姿と重なる。

「…テッド、だ」

自然と口に出ていた。

「テッド、だね。僕はレキ。レキ・マクドール。よろしく」

差し伸ばされた右手。重ねられる二人の右手。
右手を差し出すことは嫌いだったのに、気付いたら彼の手を握っていた。



ああ、ソウルイーター。しばらくは大人しくしていてくれよ。
少しだけ、少しだけでいいから。

俺に、レキと過ごす時間をおくれ。




でもそれは、願ってはいけない願いだった。





The End