綺麗な青空、綺麗な草原。 それも僕には綺麗だとは思えなかった。 目覚めたその先には 「良い天気だね」 風が二人の間を吹き抜ける。少年たちの髪もともに揺れる。 一人の少年はその身を風にゆだね、もう一人は逆らうように身体を丸めた。まるでこの天気を否定するかのように。 「ほら、お城も見える」 小高い丘からは、デュナンの湖が一望できた。もちろん同盟軍の城もよく見える。 その景色は戦争が終わった今でも同じだ。変わらない、変わることのない景色。 「…この景色を見て、レキさんは幸せですか?」 少年は顔をあげ、少年レキのほうをじっと見つめた。光の宿らないその瞳は、昔の自分と同じだった。いや、今の自分とそう変わらない。 レキは少年ルイの横に座った。そして空を見上げる。 「幸せだよ?綺麗な景色を見て、幸せじゃないなんて言えない」 「…僕たちは幸せがほしかった。だけどこんな幸せじゃない!こんな幸せなんて望んでいなかった…!」 自虐的に、言う。 自分の膝を抱え込む。痛いくらいにぎゅっと。そうすることで自分に依存できている気がした。あの日、目覚めた後から気分が悪い。シュウやみんなにはああ言っても、まだ心の中では納得できていない。 戦争が終わり、みな散り散りになった。その中でも戦争の中で幸せを見つけたものも少なくない。もちろん失ったものも大勢いる。 「みんなあいつの気持ちを知らない!知っているのは、僕とナナミだけで…!でもナナミももういなくて…!知っているのは僕だけで…!!」 レキは何も言わずに黙って聞く。聞いてあげることも慰めるひとつの方法である。むしろ口出しするよりは聞いてあげようと思った。自分も同じ気持ちだったことがあった。だけど聞いてくれる友も、人もいなかった。口の悪い、素直じゃない友人はいたけれど。 この風がその友人を思い出させる。傍にはいないけれど。自分もこの風に何度も励まされた。冷たいけれど、温かい風。 「あいつは間違っていなかったのに!」 「君が言っているあいつと、僕は直接会ったことはないけれど…、君が間違っていないと思うのならそれでいいんじゃないかな。逆に、君の気持ちは正しかったといえるかい?」 レキは相変わらず空を見上げていた。先ほどとまったく変わらない、いや、少しだが雲が流れてきている。 「僕が、正しい?僕らが正しいと思っていても、ハイランドの人たちにとっては間違っていたことかもしれない…」 涙で濡れたその顔を空へと向ける。 まだ暗い。青を、感じられないその空。きっとレキとは見ている景色が違う。 だから、だから幸せを感じられないのかもしれない。それは思い込みかもしれないけど。 「それと同じことさ。君が覚えていれば、それでいい。君が思えば、それでいい」 口元を歪ませ、微笑む。ルイを励ませるためにはそれでいい。 その思いを受け取ったかはわからないが、ルイはじっと空を見つめている。自分には彼が何を見ているかはわからない。何を感じているかはわからない。 でも、何かを感じ取ってくれればそれでいい。自分の言葉で何かが変わるのならばそれでいい。自分がここに呼ばれた理由がそれなのだから。戦友に呼ばれた理由は、同盟軍のリーダー…いや、この国の王となるべき人物を勇気付けることだったのだから。 彼が何を思ったかはわからない。 だけどその右手を、ただぎゅっと握り締めていた。 ◇
その夜、同盟軍の城の酒場では小さな盛り上がりがあった。 「ありがとな、レキ」 「僕は何もしてないよ。彼が進むべき道を見つけるための言葉をかけただけ」 苦笑して、一口お酒を飲む。 ほかの二人の顔はほのかに赤くなっていたが、少年の顔はあまり変わり映えしない。量も強さもそれぞれ違っていたからだ。 「ルイは僕とは違う。だからこの国をいい国にしていくさ。僕みたいに逃げずに、きっと」 「お前は逃げてなんかいないさ。逃げていたら俺らの前に姿を現したり、この戦争に手を貸したりはしないだろう?」 フリックがそう言うと、レキは困ったような顔をした。返答に困ったのだろう。詰まった顔をしてはお酒を口へと運ぶ。 「でももしかしたらこれで最後かもね、ビクトールとフリックと飲むのも…。僕はもうここには来ないつもりだから」 「俺らはここを出るつもりさ。ここに俺らもお前も必要ねえ」 「…そっか。じゃあ僕はそろそろ行こうかな」 一気にお酒を飲み干し、立ち上がる。そして代金だけをテーブルに置いた。 「じゃあな、レキ。また会うことがあったらよろしくな」 フリックを右手をあげ、ビクトールは酒の入ったグラスをレキのほうへと向ける。それぞれの思いを胸に。 旅をしていれば会う、そんなことはないかもしれない。もしかしたらもう二度と会うことがないかもしれない。 だけどそれでも別れはこれでよかった。変に別れの言葉を告げて分かれるよりずっと、こんな風な別れのほうが。 「君らに会うときはまた戦場だったりしてね」 皮肉をこめてそう言うと、二人とも苦笑した。 「別れが辛くなるから、早く行けよ」 同じく皮肉をこめて言った。今度こそレキは二人に背を向けて、酒場を出て行く。後姿は儚げだったが、二人は気にも留めなかった。 二人はその後も酒を飲み、一夜を明かした。二人にとってもここで飲むお酒は最後だ。朝早くここを出て行くつもりである。もうこの国に留まる理由がないからだ。 静まり返った酒場も、少しの賑わいを見せそして名残惜しそうにだれもいなくなった。 ◇
「シュウ、ちょっと出かけてもいいかな」 「いつもの場所ですね。わかりました」 シュウはいつもの厳しい顔ではなく、優しく言った。このときだけは王としてでなく、一人の少年と見ているからだ。 毎日…でもないが、日課のようなものだ。仕事の合間をぬってはこうやってあの小高い丘へと向かう。そこで待つ人たちに会いに。 城の人や町の人にも笑顔を返したり、何かを言われたらそれなりに返したりしながら、その場所へと向かう。 そこはこの領地で一番綺麗な場所。 「今日もいい天気だよ。デュナン湖がとても綺麗に僕らを映している」 小高い丘の上に、小さな二つの石。 ここにいるわけでもない。ここに二人はいないけれど。 気休めにはなる。二人は故郷の木下に眠っている。それで、いい。自分たちの思い出の場所だから。 風はいつでも吹いている。 少年は石の横に寝転がり、静かに自然に身をゆだねた。 The End
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